大前研一メソッド 2023年2月7日

新「世界一の大富豪」、ベルナール・アルノー氏とは?

Louis Vuitton

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

2022年末に、世界一の大富豪の座がひっそりと移動しました。それまで世界一の大富豪だったのはイーロン・マスク氏でした。世界一の大富豪の座を明け渡した相手とは、いったい誰なのでしょうか。

米ブルームバーグ通信は世界の富豪ランキングを毎日更新しています。

【資料】世界の富豪ランキング

同資料によると、以下のような富豪のランキングで、米国のおもにIT業界の著名経営者・実業家たちが2位から9位までを占めます。世界一の大富豪の座に新しくついたのはBernard Arnault(ベルナール・アルノー)氏。ベルナール・アルノー氏はフランス在住の経営者です。どのような人物なのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長が解説します。

【世界の富豪ランキング】(2023年2月4日現在)
1 Bernard Arnault
2 Elon Musk
3 Jeff Bezos
4 Bill Gates
5 Warren Buffett
6 Larry Ellison
7 Larry Page
8 Sergey Brin
9 Steve Ballmer

世界一の金持ちの座は、LVMH会長

2022年12月13日、高級ブランドで有名なモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)のベルナール・アルノー会長が、保有資産約1708億ドル(当時のレートで約23兆円)で1位になった。

それまで約1年3カ月間、トップの座を守り続けた電気自動車メーカー・テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、保有資産約1640億ドルとなり、2位に転落した。年が明けてもその差は開き続け、2023年2月4日時点で2人の差は210億ドルに拡大している。

この交代劇はベルナール・アルノー氏の資産が増えたことではなく、イーロン・マスク氏の資産が減ったことによって起きている。

アルノー会長本人に聞いた「経営の要諦」とは

代わってトップに立ったベルナール・アルノー氏は、イーロン・マスク氏と対照的な経営者だ。

1990年代後半の話である。当時、私はナイキの社外取締役としてグローバル化の手伝いをしていて、創業者のフィル・ナイト氏から「『これぞグローバル』という会社に案内してくれ」と頼まれた。最初に訪問したのが、英国とオランダにある二国籍企業ロイヤル・ダッチとシェル。2社目は相次ぐ買収でグローバル企業になったスイスにあるネスレ。そして、3社目が同じく買収で成長したLVMHだった。

ベルナール・アルノー氏の会長室は、パリのクリスチャン・ディオール本店の2階にあったと記憶している。中に入るとグランドピアノが置いてあり、アルノー自身も立ち居振る舞いがエレガントである。オレゴン育ちの中距離ランナーでカウボーイ気質のフィルは、そのエレガントな様子に目を白黒させていた。

アルノー氏は私たちに買収戦略の要諦を教えてくれた。

「私たちにできるのは経営であり、クリエーティブではありません。逆に優れたクリエーティブをするブランドは、経営を苦手としている会社が多い。そうした会社を買収して、その日のうちに財務・経理を送り込んで金の流れを押さえます。しかし、クリエーティブはタッチしません」

松下電器産業の買収法はLVMHと同じだった

アルノーの説明を聞いて、私は松下幸之助さんを思い出していた。

実は松下電器産業(現パナソニック)は買収で大きくなった会社である。冷蔵庫は中川電機、ファクシミリは寿、自転車は宮田というように、私がコンサルタントとして関わっていた当時、売り上げの半分以上は過去に買収した事業からあげていた。

松下の買収法はLVMHと同じだった。買収したら、泣く子も黙る鬼の経理マン、高橋荒太郎の門下生を送り込み、まず経理を握る。それから販売権も握り、全国一律の家電販売網・機電販売網で販売する。しかし、開発や生産は、買収先に任せて口を出さない。家電量販店の時代が来るまで、国内はこの方程式で非常にうまくいっていた。松下幸之助さんは「経営の神様」と呼ばれるが、より正確に言えば日本の「買収王」だったのだ。

ちなみにフィル・ナイト氏は、アルノー氏の話が腹落ちしなかったようだ。ナイキ・インラインスケートやビジネス・シューズなどの分野でいくつも会社を買収したが、派遣した経営者は“西部劇メンタリティー”で征服欲が強く、買った会社を“ナイキ化”してしまう。その結果、ほとんどが失敗に終わり、本当に必要な事業は結局ゼロから自分たちでつくり直す羽目になった。

イーロン・マスク氏も、おそらくアルノー氏の話を鼻で笑うに違いない。しかし、笑っていられるのは技術力と瞬発力だけで通用する段階までだ。そろそろ自身の人間性を問われる段階に入ったというサインが、今回の転落劇だったのではないだろうか。

次号では、イーロン・マスク氏が世界一の大富豪の座を奪還する可能性があるのかを解説する。

※この記事は、『プレジデント』2023年2月17日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。