大前研一メソッド 2024年7月16日

国民皆保険制度の破綻を防ぐ改革案

medical insurance

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

健康保険組合連合会が2024年6月に発表した2024年度予算編成状況が大赤字となっており、日本の健康保険制度が危機に瀕しています。誰でも医療を受けられる国民皆保険制度は、日本が世界に誇れる素晴らしい仕組みです。だからこそ、大胆にメスを入れて維持すべきです。

世界に類を見ない素晴らしい仕組みを支えていくために取り組むべきことは何でしょうか。患者、病院、製薬会社、みんなが少しずつ我慢をしなければならないと、BBT大学院・大前研一学長は指摘します。

英国では国民皆保険制度が機能麻痺

日本では、大企業の従業員らが入る組合健保、中小企業の従業員らが入る協会けんぽ、それら職域保険の対象外の人が入る国民健康保険など、国民は必ずどこかの公的医療保険に入る仕組みになっている。

どの保険も財政は厳しい。健康保険組合連合会が2024年6月に発表した2024年度予算編成状況によると、組合健保は全国約1400組合のうち約9割近くにあたる1194組合が赤字。全体の赤字額は6578億円に達する。

〚資料〛令和6年度(2024年度)健康保険組合の予算編成状況

保険料で支える現役世代の数が減り、高齢者が増えて医療費が膨らんでいるのだから、赤字になるのは当然である。保険制度全体で見ると、2020年度の医療費40.2兆円のうち、患者の自己負担額は14.5%で、保険から給付されたのは52.5%。残りの33.0%は、国や地方公共団体が負担しており、税金による補填にも限界がある。このまま医療費が膨らめば、国民皆保険制度は早晩、破綻するだろう。

破綻するといっても、国民皆保険制度自体がなくなるわけではない。英国は日本と同じく国民皆保険であるNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)という仕組みを運営しているが、診察を受けるのに病院で5~6時間待つのは当たり前、手術も数週間待ち。誰でも必要なときに必要な医療が受けられてこそ国民皆保険といえるが、その意味でNHSは完全に失敗事例である。日本も何も手を打たなければ英国と同じ状態になる。

誰でも必要な医療を受けられる仕組みを維持するために、取り組むべき改革案を6つ挙げる。

(1)病気の再定義

まずは病気の再定義である。日本は治療すれば治るもの、放っておいても治るもの、治療しても治らないものを区別せずに公的保険で面倒を見ている。しかし、公的保険が適用されるものは、治療すれば治るものに絞るべきだ。

たとえばゴルフで腰が痛いとか、テニスのやりすぎでテニス肘になったという人がいるが、これらの症状は安静にしていればたいてい自然に治る。こうした病気は、公的保険の対象から外して、どうしても診てもらいたい人は自費診療で受診すれば良い。それだけで健康保険の財政は楽になる。

問題は、勝手に治る病気なのか、それとも放置すると危険な病気なのかの見極めが難しいケースだ。普通の風邪は寝れば治るが、体がだるいのは他の重篤な病気の症状だったということもある。生兵法は大けがのもとだ。

ここはテクノロジーの出番である。いまや体温だけでなく、血圧や心拍数といったバイタル情報をスマホやスマートウォッチなどで測定できる時代だ。それをもとにオンラインで医者とつないで問診を受ければ良い。その結果、より詳しい診察が必要だと診断されたら、はじめて病院に行くのだ。

(2)オンライン診療の推進

中国では病院に行く前のオンライン診療がすでに普及している。平安保険が提供するアプリ「平安グッドドクター」は、AIチャットで問診を受けた後に本物の医者につながる。普通の風邪なら、それでもう済んでしまう。「平安グッドドクター」の登録ユーザーは、日本国民より多い3億人。課金ユーザーも4000万人を超えている。

中国にはほかにもテンセント系「We Doctor(微医)」やアリババ系「アリヘルス(阿里健康)」、JDドットコム系「JDヘルス(京東健康)」が人気だ。日本も規制をさらに緩和して、病院に行く前にオンライン診療を受ける習慣を広めたほうが良い。

オンライン診療の利点は、患者を待合室で待たせないだけでなく、手の空いている医者に、オンラインの一次診療といった仕事を回すことができる。患者の数と医者の開業場所のミスマッチをネットで補完するという仕掛けだ。

忙しい医者も大助かりだ。これまで医者は時間外労働の上限規制の例外だったが、2024年4月から適用になり、否が応でも働き方改革をせざるをえなくなった。看護師も人手不足が深刻であり、入院歴が豊富な友人は「最近、看護師さんは忙しすぎて、態度が冷たくなった」と嘆いていた。オンライン診療が普及してリアル病院に来る人が減れば、忙しい医者や看護師の負担は軽くなる。医療リソースの平準化という観点でも、オンライン診療は効果的だ。

(3)救急車の有料化

本当に治療が必要な人だけに来院してもらうには、救急車の有料化も検討したい。救急車は消防庁の管轄であり健康保険とは直接関係がないが、無料の行政サービスであるせいか、タクシー代わりに呼ぶ不埒な患者もいる。

救急車は1回の出動で約4万5000円の諸経費がかかる。1回の出動で約4万5000円の諸経費がかかる。救急車が原則無料である国は、日本を含めて、ごく少数派で、多くの国では有料である。米国の場合は公的な救急車に加えて、民間の救急車も活用されているが、両者ともに高額である。そのため、多くの人は自分で入っている民間保険でカバーする。

日本も救急車を有料サービスにすれば、ただの風邪で呼ぶ人はいなくなるし、自力で行くなら受診をやめようと考える人もいるに違いない。やりすぎると本当に治療が必要な人が受診抑制するおそれがあるが、適切な制度設計で軽症者をふるいにかけるべきだ。

(4)セルフメディケーションの推進

薬の問題も無視できない。軽症者が病院に行く理由の一つに、「ドラッグストアで市販薬を買うより、医者に処方してもらったほうが安い」というものがある。実際、私が処方される花粉症薬は、同じものが市販薬として売られているが、医者から処方箋をもらって調剤薬局で購入したほうがはるかに安い。

安いほうが医療費抑制につながると考えるのは間違いだ。安く感じるのは、窓口で自己負担分しか払っていないからである。1割負担だとしたら、残りの9割は健康保険から支払われている。見えないだけで、保険料や税金の間接的な負担分も含めれば実はもっと高い。

この仕組みを理解せずに自己負担分だけに気を取られ、「どうせ安いから」と多めに薬をもらう患者が後を絶たない。しかし慢性的な病気は別にして、一過性の病気は薬を飲み切る前に治るものだ。その結果、多くの家庭で残薬が山になる。このムダが国民皆保険制度を危機に陥れる一因になっている。

医療費を抑えるには、患者が自分で治療するセルフメディケーションを推進したほうが良い。市販もされている薬なら、患者がそちらを選びやすいよう、処方薬と薬価のバランスを取る必要がある。たとえば市販もされている薬を病院で処方してもらうときは自己負担率を上げるのだ。低所得者など経済的に厳しい人は自己負担率を維持するなどの配慮をすれば良い。

(5)完治する薬だけを保険適用とする

治療しても治らない病気に関しては、いっそ薬を保険から外しても良い。花粉症は薬で症状が軽くなるものの、完治はできず、逆に放っておいても死に至るわけではない。胃潰瘍も同様で、昔はストレスをなくさないと完治しないと言われた。この種の病気は、病院や製薬会社にとって薬を処方し続けられる打ち出の小槌である。

しかし、いまや胃潰瘍はピロリ菌の除菌で治るようになった。にもかかわらず、一部の病院は打ち出の小槌を振り続けようとする。歯科の虫歯も同じで、いまやフッ素で予防できるのに、日本の歯科はいまだにドリルで穴を開けることで儲けている。最先端治療で完治や予防できるものは、そちらだけを保険対象にして、気休め程度に処方され続ける薬は対象から外すべきだ。

(6)医療機関の株式会社を全面解禁

そういった改革を進めると病院の経営が悪化して廃院になるという声もあるが、そこも株式会社化でクリアできる。海外は株式会社が運営する病院が多く、経営力がない病院は大きな病院に買収されていく。米国では、HCA(ホスピタル・コーポレーション・オブ・アメリカ)などの大手がフランチャイズ化を進め、数社の寡占状態だ。

大企業グループになれば、グループでノウハウの共有や、デジタル投資が容易になる。また、MRIやCTなどの高価な医療機器はセンターに集約できることも大きい。日本の病院の多くは、中小企業規模程度の医療法人しか経営できないのに、自前で高額な医療機器を入れるため、投資回収目的で、「念のためにCTを撮りましょう」とムダに稼働させることになる。

実際、健康保険を完全デジタル化し、サーバーを通じて病歴や診断歴を共有できれば病院を変えるごとに同じ検査をする必要もなくなる。自分の診断装置でないと点数にならない、という矛盾を取り除けば、医療費は劇的に削減できる。

株式会社化を全面解禁してM&Aを容易にすれば、病院経営はもっと効率化できる。前述のような改革で病院側の利権をなくしても、十分にやっていけるはずだ。

今回提案した改革を実行すれば、不便になる患者や利益が減る病院も出てくるだろうが、皆保険崩壊のダメージは比にならないほど大きい。患者、病院、製薬会社、みんなが少しずつ我慢をして、世界に類を見ない素晴らしい仕組みを支えていきたいところだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年7月19日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。