大前研一メソッド 2024年10月22日

高齢農家はいつまでコメを作れるのか

aging rice farmer
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2024年8月、スーパーや小売店の棚からコメが消えました。「『令和の米騒動』に発展するか」とマスコミが騒ぎ立てました。

日本のコメが抱える問題は別のところにあるとBBT大学大学院学長・大前研一氏は指摘します。その問題を解決しないと、いずれ日本は本当のコメ不足に直面するだろうと警鐘を鳴らします。

日本の農業について、2回シリーズで解説します。信州佐久でブランド米を栽培して販売している半農民でもある、大前学長に聞きました。

「令和の米騒動」の背景

コメ不足と言えば、「平成の米騒動」と呼ばれた1993年が記憶に新しい。この年は記録的な冷夏の影響で、平均収量を100とした場合の作柄を示す作況指数は74という大不作になった。1945年の67に次いで低い記録であり、この時は本当にコメが不足し、タイなどから緊急輸入した。今回の騒ぎで政府備蓄米の存在に注目が集まったが、備蓄米制度は平成の米騒動で深刻なコメ不足に陥ったのをきっかけにできた仕組みである。

本物だった平成の米騒動と比べると、今回のコメ不足はまやかしである。2023年産米の作況指数は101、2024年秋から出荷される2024年産米も101で、むしろ例年よりも作柄は良い。コメは十分に穫れている。

「作柄は良くても減反政策で田んぼは減り、生産量が落ちたことでコメ不足を招いた」という指摘もある。確かに生産量は年々減っているが、一方で日本人のコメ消費量も減り続けている。

「インバウンドで一時的に需要が増えたせいだ」という専門家もいたが、インバウンドの消費量は誤差の範囲である。

ならば、なぜ店頭からコメが消えたのか。不安になった一部の消費者が買い占めたからである。オイルショックやコロナ禍の時のトイレットペーパー不足やマスク不足と同じである。「万が一に備えて買いだめしておこう」と考えた一部の消費者がいつもより多めに買ったのが原因である。

2024年7月のうるち米の民間在庫は82万トンで、2023年7月よりも40万トン少なかった。この数字だけを見ればコメは足りないように見える。しかし、生産量と消費量に大きな変化がないことを考えると、倉庫や店頭に積み上がっていた在庫が、各家庭の台所で在庫になっただけと解釈するのが妥当である。

冷静に考えれば、誰でもわかる理屈である。しかし今回はマスコミがコメ不足を煽ったせいで、消費者が不安になった。今回の米騒動はマスコミが作り出した空騒ぎに過ぎない。

騒ぎの陰でほくそ笑む米作農家と農協

この騒ぎの陰で、ほくそ笑んでいるのが米作農家や農協である。コメ不足が本格的に報道される前の2024年7月時点で、農林水産省発表の相対取引価格は前年比で約1割上がった。8月になって店頭で5割ほど上がった店もある。それを受け、2024年度米の概算金(農協が生産者から買い取って前払いするときの価格)は前年比で2〜4割上昇、物価高で生産コストは上がっているが、それを回収して余りある値上げ幅になった。

騒動を引き起こした主犯はマスコミであり、農家や農協が主導して値をつり上げたわけではない。ただ、農家や農協は国民の胃袋を満たすのに十分な量のコメがあることを知っていたにもかかわらず、市場価格が上がる様子を黙って眺めていた。何もしないで価格が上がってくれるのだから、笑いが止まらないはずだ。2024年10月の衆議院総選挙が近いことから、これが自民党による農家に対する給付金と考えると理解しやすい。

「農家は普段苦労しているのだから、たまには幸運に恵まれてもいい」と考える人もいるだろう。私としても、農家が商機を活かすこと自体に異論はない。ただ、「農家は苦労が多くてかわいそう」という見方は間違っている。

何を隠そう、実は私も信州佐久でブランド米(五郎兵衛米)を栽培して販売している半農民だ。地方創生には、農業を儲かる仕事にして若者を呼び込むことが不可欠である。そのような問題意識を持っていた時に、たまたまバイクのツーリング中に米作農家と知り合い、自ら経験してみようと挑戦を決めた。

最初は、高齢でリタイアを検討しているある農家から農地を買い取ろうとした。提示された価格は3000万円。この価格ではどうやっても採算が合わない。あきらめて他を当たろうとしたら、「売れないが、年数万円の賃料と収穫量の10%の現物をくれれば貸す」と提案があった。売れば3000万円、貸せば年数万円は金利的に計算がおかしい。

どういうことかと考えて思い当たったのが、農家の特権である。農家は農家であるだけでさまざまな恩恵を受けることができる。農地を売却すれば農家でなくなり、その利権まで手放さなければならない。一方、このまま休耕地にしてしまうのももったいない。そこで、タダ同然の賃料と自分が1年間食べるコメの現物で貸すことにしたわけである。

かくして、私は“小作農”になったが、農業の世界に片足を突っ込むと、さまざまなことが見えてきた。

まず農家はガソリンが安い。JAグループ傘下のガソリンスタンドであるJA-SSはそもそも他と比べて安いが、農協の組合員はさらに安く買える。公共交通機関がほとんどなく車で移動せざるをえない地方において、ガソリンの価格が安いことは何よりも特権である。

組合員なら、JAグループのJA共済で有利な保険に入れる。JAバンクの住宅ローン金利は地域差があるが、他の金融機関より総じて金利は低めである。

もちろん、本業でも優遇されている。普通、農機をメーカーから購入すれば1台1200万円だが、農家がJAを通して買えば、補助金がついて半額の600万円程度になる。肥料や農薬も安い。同じ農作業をしていても、農家という身分ならコメを低コストで作れる。

JAのどこに農家を優遇できる体力があるのかと疑問を抱くかもしれない。それは、JAバンクの貯金額は100兆円を超えており、その半分以上を農林中央金庫が運用しているからである。

農家の特権はそれだけではない。事業主なので収入から経費も落とせる。税務署が認めるかどうかは別の話だが、「パイナップル栽培の視察」という名目で、ハワイ旅行に行く農家もいる。台風が来て作物が被害を受けると半年遅れにはなるが、保険金が入る。

最大の特権は相続税の猶予・免除である。土地を相続すれば普通は相続税がかかるが、農地の場合、相続人が20年以上、営農を続ければ、相続税の支払いが猶予・免除される。

いまや、農家に専業は少なく、多くの農家が別の仕事と掛け持ちしながら兼業でやっている。農業をやめて町の仕事に専念したほうが楽だと思うが、農家であることをやめたら、猶予されていた相続税を払う必要がある。だから、何としてでも農業にしがみつく。

東京の郊外に行くと栗の林をよく見かけるが、あれが典型例である。栗の木は他の果樹と比べて手入れする必要が少なく、収穫するのが簡単である。普段は勤め人をしている跡継ぎが、年商10万円を超えれば農家の身分でいることができるのに適した作物といえる。

日本の農家は、イメージとは異なり、傍目からは恵まれているように見える。農業は人気の職業になりそうだが、そのようなことはなく、後継者不足や高齢化の問題を抱える。次号は農業の問題点と解決策を考える。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年11月1日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。