大前研一メソッド 2024年12月3日

石破氏は名宰相になれるのか(下)

Prime Minister

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

石破茂首相は第216回国会における所信表明演説を2024年11月に行いました。2024年10月に行った第214回国会における所信表明演説と同様、「アジア版NATO」「日米地位協定の見直し」など石破カラーの強いテーマは封印されたままの状態です。

【資料】第二百十六回国会における石破内閣総理大臣所信表明演説

石破首相と親交のあるBBT大学大学院学長・大前研一氏に、石破氏は名宰相になれるかどうかを2回シリーズで聞きました。後半の今回は、石破首相が取り組むべきテーマについて大前学長に聞きました。

幅広い見識が自らの首を絞める

石破首相は「あれもやりたい」「これもやりたい」で、取り組むテーマが絞り切れていない。願い事を書いた短冊を大量にぶら下げた七夕の笹のようだ。

なぜウィッシュツリー状態になったのか。それは首相に選出されるまでの待ち時間が長すぎたからである。非主流派の筆頭だった石破首相は、テレビによく呼ばれた。番組で解説を求められれば、人が好い石破首相は、「あれが原因」「背景にはこれがある」と何でも分析する。そうしているうちに、本人に思い入れがない問題までもがウィッシュリスト入りしてしまった。

しかし、解説者は無責任なものである。解説すればするほど言葉が軽くなり、迫力が消える。その結果、だれもついてこなくなって何一つ解決できなくなる。

2009年に政権奪取した民主党政権がまさにそうであった。野党の期間が長くて批判ばかりをしていたから、その間にウィッシュリストが長くなってしまった。マニフェストと称して発表した政策集は本1冊分、あれでは焦点がほやける。「コンクリートから人へ」の掛け声の下、最初に登場したのは、「群馬県・八ッ場ダム((やんばダム)の建設中止」だったが、実際には何もできずに工事が継続された。

テーマが多いとうまくいかなくなるのは、企業でも同じことである。ダメなコンサルタントは、クライアントの事業や組織を徹底的に分析して悪いところを洗い出す。それらの欠点を裏返して網羅的に改善提案を行うが、ダメなところを直して良くなる会社はない。12個ぐらいのポイントを直ちに改善しろと言われてもそれを実行できる社長はいないし、どれも中途半端な結果となる。

会社を成長させるには、大局を見て機会をとらえ、そこにリソースをつぎ込むことが大切だ。優秀な経営コンサルタントや優れた経営者はそれを知っているから、一つのことしか言わない。これと決めたら、それだけやり切ることに全力を尽くすのだ。

チャンスがあるテーマは「日米地位協定の見直し」

石破首相は数あるテーマの中から何に取り組むべきか。何を選ぶかは本人次第だが、適性があるのは日米地位協定の見直しである。

日米地位協定は在日米軍が日本国内で円滑に活動するための特権を定めた協定である。現行の協定では、日本国内で米兵が犯罪を犯しても、日本国内ですべてを裁くことはできない。いまだに占領中かと思うような内容である。

また、横田基地があるため、首都圏の空域が不便なのも、この協定が1960年の締結以来、一度も見直されていないからである。

これを正して、日米関係の健全化を図るのは、主権国家として当たり前の行動である。石破首相は軍事オタクで防衛大臣の経験がある。初当選時は中曽根派に属しており、「日米イコールパートナー」の重要性は理解しているはずである。これまで誰も手をつけてこなかった地位協定の見直しに取り組むのに適任の首相である。

実現には二つの壁がある。一つは外務省である。外務省には親米派と親中派の二大派閥が存在し、地位協定見直しとなれば、親米派が黙っていない。親米派を一掃すれば親中派が外務省を支配することになり、それはそれで問題である。本気で取り組むなら、外務省を解体するぐらいの覚悟が必要である。

もう一つは党内の対米追従勢力である。日米地位協定を締結したのは岸信介内閣で、沖縄返還時に米軍に有利な密約を交わしたのは佐藤栄作内閣である。二人は実の兄弟で、岸信介元首相の孫が安倍晋三元首相になる。いわば日米地位協定は安倍家のファミリービジネスである。安倍元首相は就任直後に「戦後レジームからの脱却」を打ち出したが、米国に脅されてあっさりと宗旨替えした。

旧安倍派に集う保守派らもなぜか米国追従で、真の主権国家になろうという気概がない。地位協定見直しにはこの勢力を黙らせる必要がある。組閣や衆院選の公認状況を見ると、石破首相は旧安倍派の排除に熱心であり、この点は多少の期待ができそうである。

気になるのは米国側の反応である。次期大統領のトランプ氏は日米安保条約に全く関心がないであろう。

そもそも一部の軍関係者以外、日米地位協定に関心のある米国民はいない。トランプ氏も同様で、日米地位協定が不平等であることもよく知らないに違いない。同じ敗戦国のドイツやイタリアは、とっくに不平等な状況を改善している。日本だけ不平等が改善されていないことを訴えれば、話の運び方次第で、日米地位協定の見直しに応じる可能性はあるように思う。

石破氏が絞るべきテーマの一例として日米地位協定の改定を挙げたが、テーマは何でも良い。地方創生担当大臣の経験を考慮すると、地方創生も有力である。その場合は、憲法を改正して自治体に三権を委譲することや道州制などの広域自治体をつくることが不可欠である。

【資料】日本は地方自治を確立すべき

石破首相が解説者のまま終わるのか、日本のリーダーとして目覚めるのか。それはテーマを一つに絞りこめるかにかかっている。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年11月15日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。