大前研一メソッド 2025年3月11日

戦争が終わり、石油は安くなる

war oil price
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米国のトランプ大統領は2025年3月、連邦議会の上下両院合同本会議で施政方針演説を行いました。演説の終盤では「この地球上に存在した中で(中略)最も支配的な文明を築き上げる」とトランプ大統領の頭の中では自分が世界の支配者になっています。「大のトランプ嫌い」を公言するBBT大学大学院学長・大前研一氏ですが、短期的に世界はうまくいく可能性があると言います。演説の中から、終盤に触れているグリーンランドとウクライナと中東について大前学長に聞きました。

【資料】米大統領施政方針演説詳報(5) 神戸新聞

「グリーンランドが本当に必要」

米国の調査会社「ユーラシア・グループ」を率いる政治学者イアン・ブレマー氏は、世界の10大リスクを毎年発表している。2025年の1位は「深まるGゼロ世界の混迷」である。かつて世界秩序はG7やG20といった国々によって維持されてきた。「トランプ大統領は米国第一主義者であり、『世界の警察官』役を担うつもりはない。よって世界はリーダー国が不在のGゼロ状態が強まる」という予測である。

残念ながらブレマー氏の予測は甘い。トランプ大統領はG1、つまり「我こそが世界の覇者」であるかのような振る舞いをする。

例えば、トランプ米大統領は施政方針演説で、デンマーク自治領グリーンランドの取得に改めて意欲をみせた。トランプ大統領はグリーンランドの領有に繰り返し意欲を示してきたが、デンマーク政府やグリーンランド自治政府は「応じられない」との姿勢を示している。

たしかに米国にとってグリーンランドは価値のある土地である。米国の仮想敵国の一つはロシアであり、北極圏の太平洋側で軍事的要衝となるのがグリーンランドである。実際、米国は1951年にデンマークと協定を結び、米軍として最北端となるピツフィク宇宙軍基地(旧称:チューレ空軍基地)を置いている。

また、経済的にも価値は高い。グリーンランドに埋蔵されている大量のレアアースが未開発だからである。

問題は「だれがそれを開発するか」である。トランプ大統領は国内に約1100万人と言われる不法移民について「米国史上最大の大量強制送還を行う」と公約を掲げていた。実際、大統領就任初日から強制送還に関する大統領令を出している。しかし、近年増えている不法移民を物理的に本当に追い返せるのか。不法移民の出身国の多くは政情不安が続いており、受け入れられる体制にない。

そこで困ったトランプ大統領が、不法移民の一部をグリーンランドに入植させて開発の労働力とすると言い出す可能性がある。グリーンランドの住民は現在約5万7000人である。不法移民の1%に相当する10万人が入植するだけでもグリーンランドの景色は一変する。

「無意味な戦争を終わらせる時が来た」

トランプ大統領が世界を一時的に平和にする可能性がある。

まずウクライナである。バイデン前大統領は在任中、何もしなかった。本気でウクライナを守るなら派兵すべきだったし、戦争を止めたいなら停戦合意に向けて落としどころを探すべきだった。しかし実際にやったのは、武器をウクライナに送って米国の軍需産業を儲けさせることだけだった。

トランプ大統領はウクライナへの軍事支援を一時停止するよう命じた。ゼレンスキー大統領を見殺しにするだろう。米国の軍事支援が停止すれば結果的にウクライナはロシアに譲歩した形——ミンスク合意に戻ること。ウクライナはNATO加盟を諦めること——で停戦せざるを得なくなるだろう。ウクライナにとっては不満だが、少なくとも新しい血は流れなくなるだろう。

勝ったプーチン大統領が調子に乗ってさらなる領土拡大を目指すという心配は不要である。戦争が長引いても経済が破綻しなかったのは、原油価格が2022年以降、世界的に高止まりしていて、インドや中国がロシアの原油を買ってくれたからである。この後に説明するが、原油価格は下がっていく。ロシアに新たに領土拡大を目論む余裕はない。

エネルギー価格に低下圧力

原油価格が下がる理由は2つある。

1つは中東情勢である。イスラエルとハマスはガザ地区で停戦状態が維持されている(2025年3月10日現在)。ハマスは壊滅的な打撃を受けている。レバノンのヒズボラも同様で、背後に控えるイランも元気がない。ハマスが捕らえた人質が解放されたら中東情勢は落ち着く。ウクライナとロシアの停戦と併せて地政学的リスクが下がり、増産によって原油価格は下がる。

もう一つ、米国がエネルギー政策を転換する影響も大きい。トランプ大統領はバイデン政権時代のエネルギー生産規制を撤廃して、石油や天然ガスの開発を加速させる方針である。トランプ大統領は「インフレと戦う取り組みは、まずエネルギー価格から始まる」「掘って掘って掘りまくれ」と施政方針演説で述べた。パリ協定を離脱して気候変動対策を無視する。石油もガスも米国が大増産したら、原油価格は下落する。

エネルギー価格の停会は、石油や天然ガスの輸出頼みのロシア経済を弱体化させ、プーチンの首を絞める。同時に、米国国内の最大の懸念であるインフレの抑制も期待できる。戦争は止まり、人々の暮らしは楽になる。

ただ、中長期的にはマイナスの影響が大きいことに注意しなければならない。長い目で見れば世界に覇権主義が広がって不安定化するし、気候変動問題を先送りすることで自然災害の犠牲になる人は増えるに違いない。トランプ大統領が輸入品に高い関税をかければ物価高になって、原油価格の低下による米国のインフレ抑制は相殺されてしまうだろう。

理想のシナリオは、トランプ政権になって一時的な平和を得た後、トランプ大統領が早期に退場することだろう。トランプ大統領は78歳と就任時史上最高齢である。また、現在は蜜月のイーロン・マスク氏ともいずれどこかで衝突するだろう。任期終了を待たずに自滅する可能性はある。

各国リーダーにとって賢い選択は、トランプ大統領が自滅するまで距離を取ることである。振り回されないように少し距離と時間を置いて慎重に付き合うのが賢明だろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2025年3月7日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。