講師:岩本 隆(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授)
あらゆるものがネットにつながる第4次産業革命が進行する中、AI(人工知能)に代替される仕事が増え、労働環境は大きく変化しようとしています。企業においては人材マネジメントの重要性が高まり、経営と人事が直結し始めました。無形資産としての人材(Human Resource)を生かし切るには、テクノロジーをいかに活用するかが重要です。能力開発、組織マネジメント、企業文化醸成など人事に関する業務全般でHRテクノロジーは不可欠で、企業の成長にも資するものと認識するべきでしょう。
シリーズ『人事はテクノロジーで進化する』第1回目の今回は、HRテクノロジーの前提となる現在のテクノロジーや、その進化がもたらしている社会や産業分野の変化、人事のありかたについて説明を進めていきましょう。
まずは社会の変化について見ていきましょう。これからの社会は「超スマート社会」と呼ばれており、日本政府はこれを「Society5.0」と言っています。
現在、人工知能やビッグデータ、あるいはIoTといった言葉が世の中を騒がせています。あらゆるモノがデータとなり、様々なテクノロジーを活用して、データが分析できます。モノとモノだけではなくて、人間とモノであったり、企業と企業であったりと、あらゆる産業分野で、テクノロジーにより新しい付加価値が生まれているのです。
ヒューマンリソースの分野でも、例外なくテクノロジーは活用されています。様々なテクノロジーを持った企業が、HRの領域でサービスをしようとしていて、グローバルに見ると、HRテクノロジーの市場はかなり盛り上がっている市場の一つと言えます。
HRテクノロジーは、以下の図のように大きく3つのレイヤーに分けられます。
一番上は人材のレイヤーです。現在、世界的には人材と言わずに、タレントと言う傾向があります。スポーツ選手や芸能人のように、一人ひとりがプロフェッショナルとして活躍するという意味合いです。ここをマネージするのが、タレントマネジメントというツールになります。
2つ目は組織・マネジメントです。これはチームや組織にHRのテクノロジーを活用してマネージすることで、パフォーマンスマネジメントと言います。
例えばスポーツの世界ですと、バレーボールの試合で監督がタブレットを持ち、リアルタイムの選手のデータを見ながら指示をしています。それが企業の中でなされていることをイメージするといいでしょう。チームリーダーは、メンバーと1対1で顔を合わせて打ち合わせつつ、データを見ながら、最適なタイミングで、議論やアドバイスができるので、チームのマネジメントをする観点でも、非常に効率的かつ効果的にできます。
そしてピラミッドの一番下が企業文化です。ここはエンゲージメントと言っています。エンゲージメントというのは、婚約という意味でもよく使われますが、企業と従業員を男女の関係として見るとわかりやすいかもしれません。
企業は従業員が生き生きと働くための企業環境を作ることにコミットメントし、逆に従業員は、企業の業績が高まるように最大限の努力をコミットメントするという対等の関係です。エンゲージメントの高い企業文化をいかに作るかというのが、企業の競争力、あるいは業績に影響を与えると言われています。
ちなみに日本の企業では、エンゲージメントスコアを取るとものすごく数値が低く、世界中でも下から数えたほうが早いほどです。よくよく深く考えてみると、日本の企業は従業員を大事にしていますが、どちらかというと男女の関係ではなくて、親子の関係になっているのではないでしょうか。親の言うことを聞く子どものようなイメージでしょうか。親子の関係で会社がうまくいっているうちは良いですが、これからの時代はトップの言うことを従順に聞いて動くビジネスパーソンが減り、それに代わってエンゲージメントを高めることが、日本の企業にも重要になると思います。
なお、これら3つのレイヤーを支えるためのプラットフォームとして位置づけられているのが、例えば健康経営とか、ウェルネス経営といった健康を重要視した経営のあり方です。
またRPAとは、Robotic Process Automation(ロボティック・プロセス・オートメーション)の略で、この1~2年急速に世界中に広がっています。例えば、従業員の出張の精算、経費精算などは、RPAで自動処理され、ホワイトカラーの単純作業を代替すると言われています。基本的には人間の単純作業を代替しますので、仕事がなくなるというよりは、もっと人間でしかできないことに時間を費やすことになり、仕事としては楽しくなります。
日本でもRPAの導入が急速に進んでいます。例えばある金融機関で、200名でやっていた作業を20人に減らした事例があります。ほかにも仕事がたくさんある中で、180人は単純作業から解放されたということです。
一番下に、ピープルアナリティクスと書いてありますが、これは人事のデータを、データサイエンティストが統計分析やAIなど使って分析する組織や機能を指します。
では次に、HRテクノロジーの活用のポイントについて見ていきましょう。HRテクノロジーの活用においては、人事をデータ化するプロセスと、データを分析するプロセス、そして分析結果をアウトプットとしてどう経営に活かすか、という三段階に分けることができます。
それぞれの段階で、新しいテクノロジーが出てきているということに注目してみましょう。例えば、昔は数値やテキストのデータをシステムで管理していましたが、最近は音声、画像、映像、人間の行動などをセンサーを活用してデータ化しています。ある企業では、ICカードを従業員につけて、人と人とのコミュニケーションの度合いをデータで取っています。それぞれの社員がどういう働き方をしたら生産性が最も高まるかといったことも、テクノロジーを使うとわかるということです。
そういったデータを分析するのが、急速に進化しているAIです。コンピューターと通信のテクノロジーが進化しており、ノートパソコン1台でビッグデータを簡単に分析できるようになってきていますし、さまざまな解析プログラムが世界中で開発されており、無料のツールもたくさん出ています。以前に比べ、これらの分析が簡単になってきているのです。AIと言うと、何か難しいことのように感じるかもしれませんが、今はAIのツールはすごく安い値段で、場合によってはフリーで世の中に出ていますので、誰でも使えるということですね。
アウトプットも様々なテクノロジーが出てきています。ダッシュボードというユーザーインターフェースは、人間が判断しやすいようなデータをタブレット上に出したり、そのデータの裏ではAIが動いて、予測やレコメンデーションをしたりと、様々なテクノロジーが進化しており、HRテクノロジーが盛り上がってきています。
では、HRテクノロジーを活用して働き方を改革し、生産性を高めるためにはどのようなポイントがあるのでしょうか。
1つ目は、人事・人材マネジメントにおいても、データを活用した論理的な経営の在り方を強化することです。
日本の企業に特徴的ですが、あまりデータを活用した経営がなされていないことが多く、勘と経験による経営の比率が高いと言われています。経営は答えのない世界なので、100%論理的な経営をするのは無理ですが、ある程度データやテクノロジーを活用して経営をすることが重要だと思います。
その際、2つ目として、データリテラシーを高めるために体制を作ることも大切で、様々な企業がこういう組織を作り始めています。
人事の中にデータ分析をできる人材を入れて、先ほどのピープルアナリティクスのように、人事をデータ化して、常にデータを分析できる体制を作ることになると思います。さらにICTシステムの部門などとも連携して、必要なデータを入れたら結果がすぐに返ってきて、手を打つ、そんなことができる体制を作るということです。
3つ目は、できることから始めてみることです。
小さな成果を積み重ねることで、テクノロジーの活用は意味があるということを理解させるという意味合いがあります。分析手法はテクノロジーの進化で簡単になっていきます。よって、そこで差別化ができるわけではなく、むしろ自社のデータに意味があり、それをどう分析し、経営に活用していくかがノウハウになります。ここを先に始めるということです。データは時間が経てば経つほど精度が上がってきますので、早めにデータを整備することが、競争力のためには重要です。
以前にも増して、「経営=人事」というように、経営と人事の距離が近づいています。「経営は人なり」ということは、日本の企業でも昔から言われていました。しかし、定性的な「人を大事にします」といったことではなく、生産性などのデータを使って「業績を高める経営は人なり」ということが重要になると思います。
また、日本ではCHRO(Chief Human Resource Officer)のポジションがある企業はまだ少数です。CHROというのは人事本部長ではなくて、人事の切り口で経営をする経営者のことを言います。経営と人事を連携させられる人材が必要でかつ非常に重要になると思います。
今日はHRテクノロジーのお話を中心にしてきましたが、世界的に見ると、人事のシステムと財務会計のシステムの連携が進んでいます。すなわち、人のデータと人の業績のデータが連携しているので、この人はいくらのコストでいくら儲ける人だというのも全部データ化されるのです。従ってCFO(Chief Financial Officer)と、CHROとの連携が企業の中では進んでいます。CHROは財務的なところが理解できないといけません。一方CFOは、人事関連のことがデータ化できるようになるため、人事データは財務諸表には載りませんが、無形資産として管理しなければならないと言われています。
また経営者にとっては、いかにテクノロジーを使いこなすかが企業を成長させるための肝となります。これは海外ではデジタル・リーダーシップと言われています。第4次産業革命とか、Society 5.0とか、テクノロジーが社会や産業を大きく変えている時代に、テクノロジーがもたらす未来を描けない経営トップは、経営トップであってはいけないぐらいです。
「リーダーはデジタルリーダーであれ」とよく言われているのは、エンジニア出身の人が社長をやれというわけではなくて、エンジニアではなくても、最先端のテクノロジーを理解し、テクノロジーの進化がこれからの社会や産業をどういうふうに変革していくかというのを、ちゃんと読める人材がトップに立つべきであるという意味です。
人事にとっては、HRテクノロジーを活用していかに企業の成長に貢献できるかが肝になります。これはデジタルHRと言われています。ピープルアナリティクスの組織などを作りながら、データリテラシーを高めて、HRテクノロジーでどのように企業を成長させるかということです。今までの事務作業中心の人事だと、人事は不要になると言われています。そういう意味では人事も、デジタルHRにシフトしていくことがますます重要な時代になってくると言えるでしょう。
講師:岩本 隆(いわもと たかし)
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工科専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年より現職。
慶應義塾大学ビジネス・スクールでは、「産業プロデュース論」を専門領域として、新産業創出に関わる研究を実施。HRテクノロジーコンソーシアム代表理事・会長、HRテクノロジー大賞審査委員長、HR-Solution Contest運営委員会委員兼審査員長、(一社)ICT CONNECT 21理事兼普及・推進ワーキンググループ座長、(一社)日本RPA協会名誉会員、山形大学客員教授、株式会社ドリームインキュベータ特別顧問 。