講師:大庫 直樹(ルートエフ株式会社代表取締役)
ゲスト:安田 光春(株式会社北洋銀行 取締役頭取)
人口減少により国内経済の規模が縮小していく中、地域経済にも様々な影響が出ています。地域経済の本質的な課題はどこにあり、今後どのような施策が考えられるのでしょうか。
今回は、経済と人口を結びつけたILO産業分析という新しい手法を使って、地方創生の糸口を探っていきたいと思います。また、後半では北洋銀行の安田頭取をお迎えして、ILO産業分析を活用した地方創生プロジェクトの具体例をご紹介します。
今回は、地域経済をどう強化していくかについてお話します。大きなフレームワークとして、産業をインバウンド型(I)、ローカル型(L)、アウトバウンド型(O)の三つに分けて定量的に分析していきます。それぞれの頭文字からILO産業分析と呼びます。
データ分析に基づいて地域経済の可能性を探るのが、ILO産業分析を活用した地方創生戦略です。はじめに、ILO産業分析とはどのような手法なのかを説明します。
地域経済は、地域内の付加価値が増えれば成長します。付加価値は、地域内の従業者数と従業者あたりの付加価値の掛け算で決まります。したがって、付加価値が高い産業の従業者を増やすことが、地域の経済成長につながります。
付加価値とは、売り上げから仕入れ費用を引いたものです。売り上げは、市場規模とシェアの掛け算で求められます。さらに市場規模は、顧客数と顧客あたりの消費額の掛け算に分解できます。ここでポイントとなるのは、顧客数をどう考えるかです。
地元の人や企業を顧客にしている産業があります。これをローカル型産業と呼びます。今、日本は人口減少という大きな問題に直面していますが、ローカル型産業は地域内の人口減少の影響を直接受けます。
しかし、地域内の人口減少の影響を受けない産業もあります。ひとつは、地域外から顧客が来るインバウンド型産業です。もうひとつは、生産活動自体は地域内で行うが、顧客は地域外に住んでいるアウトバウンド型産業です。
インバウンド型産業は訪問客数によって市場規模が決まるので、訪問客の勧誘が重要です。結果次第では、地域内の人口減少に関係なく成長する可能性があります。
ローカル型産業は、地域人口によって顧客数が決まるので、市場は縮小します。ただし、シニア層は増えるので、例外的に医療や介護などの産業は増大傾向にあります。
アウトバウンド型産業の市場規模のドライバーは、プロダクトやサービスを買ってくれる国内人口や世界人口です。国内シェアが低い場合は、ゼロサム・ゲームにはなりますが、市場が減少しても付加価値創出のチャンスはあります。さらに、アウトバウンド型産業は、世界市場をターゲットにすることも可能です。
つまり、産業を人口減少と直接関係するローカル型と、関係しないインバウンド型・アウトバウンド型に分けることが、地域経済を見ていくうえで重要な視点になるのです。
産業を、インバウンド型、ローカル型、アウトバウンド型に分けたのが下の図です。
インバウンド型には宿泊業があります。ローカル型は、建設や飲食、金融などが該当します。そして、農林水産や情報通信、鉄道や航空などの広域交通はアウトバウンド型と定義できます。
このように分けることで、打ち手が明確になります。
例えばアウトバウンド型産業であれば、農林水産から食品加工、食品卸まで垂直統合の可能性があります。また、競争力が高い産業や企業があれば広域展開すればよいでしょう。そうした産業がなければ、工場などを誘致することも考えられます。インバウンド型産業は、外需の呼び込みができます。
ローカル型産業では、ローカル型産業のインバウンド化も考えられます。ミシュラン戦略と言って、ドライブの最終目的地にしたくなるような料理とサービスを提供するレストランが一例です。同じように、ローカル型産業のアウトバウンド化もできます。ラーメン店のフランチャイズ化のように、おいしいラーメンが各地で食べられるように展開していくビジネスが成り立ちます。
アウトバウンド企業の広域展開をすると、地域経済が空洞化するのではないかとよく言われますが、大阪府の特別参与をしていた時に分析した結果を紹介します。大阪府に本店を置く企業は約21万社あり、そのうち7%、約1万5000社が府外に営業所や工場などを持っています。大阪府の場合、そのわずか7%の企業によって企業所得、法人事業税の3分の2がもたらされていることが分かりました。
つまり、広域展開によって本社がより多くの社員を雇うことができるようになるのです。フランチャイズ化のケースでは、地元のセントラルキッチンで生産することが多いので、広域展開をした方が地元にとって恩恵が多くなります。
ここからは、ILOの産業構造を分析していきます。
従業者数についてですが、人口減少に関係ないインバウンド型とアウトバウンド型産業の従業者数が増えていればいいのですが、残念ながら90年代から減少しています。増えているのはローカル型産業で、人口減少という社会的な局面においてはもろい産業構造になっています。
産業区分ごとの従業者1人当たりの付加価値額を見ると、圧倒的に高いのはアウトバウンド型です。2番目に高いのがローカル型です。最も低いのはインバウンド型で、人口減少の影響は受けないものの、経営改革が不可欠です。
これまでの分析で、働き手が一番多いローカル型産業の経済政策は後回しにしてもいいことが分かっています。ローカル型産業の従業者数は人口に連動しているので、従業者数を増やそうと思っても、人口が増えない限り不可能だからです。
仮に戦略としてアウトバウンド型とインバウンド型の産業育成を優先的に行い、従業者数を100人増やすことができたらどうなるか考えてみましょう。従業者数と人口はおよそ1対2の割合なので、100人従業者が増えると200人の人口増になります。人口増加分の約3割がローカル型産業の従業者になるという分析があるので、200人の人口増は60人の従業者を生みます。その60人が家族を伴うので120人の人口増になり、36人の従業者を生みます。
このように足していくと、最終的に従業者の数は250人、人口は500人になります。アウトバウンド型とインバウンド型産業の従業者を100人増やすと、5倍の人口増につながるのです。したがって、アウトバウンド型、インバウンド型産業の育成に経営資源を優先的に投入するべきです。人口に関係がない分野のうえ、特にアウトバウンド型産業の従業者はローカル型よりも1人当たりの付加価値額が高いからです。
この分析は、都道府県単位でも使えます。北海道を分析したものをご紹介します。
全国のトレンドと同じように、北海道の従業者数は90年代半ばをピークにいずれの産業も減少に転じています。付加価値額で見ると、全国平均を上回っているのはアウトバウンド型の一次産業である農林水産業です。非常に競争力が高いので、北海道の経済戦略を考えるうえで農林水産業は外せません。一方、観光資源に恵まれているにも関わらず、インバウンド型の三次産業の宿泊業は全国平均を下回っています。
さらに分析すると、北海道はビジネスホテルが多く、リゾートホテルが多い沖縄とは構造が違うことが分かりました。ビジネスホテルより、リゾートホテルの方が財布の紐は緩みます。稼いでもらいたいリゾートホテルの稼働率は、沖縄と比べて北海道は年間を通じてかなり低くなっています。
他にも、法人住民税分・税割を付加価値の代替として活用した分析も行っています。政令指定都市で比較したところ、札幌市はローカル型産業からの法人住民税が多く、70%近くを占めていることが分かりました。ローカル型産業は人口の影響を受けるので、札幌市は経済構造自体が厳しいことが分かります。
このように様々なデータを活用することで、経済政策の指針が明確になります。地域をけん引する産業が何かを見極めたうえで次の一手を考えられることが、このアプローチのメリットです。
大庫:
ここからは、北洋銀行の安田頭取をゲストにお迎えして、ILO産業分析を活用した地方創生プロジェクトについて伺っていきたいと思います。私が知っている地域金融機関の中で、北洋銀行ほど地元企業に入って具体的な支援をしている銀行はありません。
安田:
当行では経営戦略の柱のひとつとして、地域密着型金融の積極的な推進を掲げ、北海道経済の活性化に取り組んできました。地方創生の取り組みに向けて北海道のグランドデザインを描くには、エビデンスに基づく政策立案が重要です。
地域の実情をよく知っているのは我々、地域金融機関ですので、自治体などと協力して地域産業分析のスキーム作りをしてきました。ILO産業分析を活用した取り組みは、札幌市をはじめ6地域で展開しています。
大庫:
具体的な事例を紹介してください。
安田:
まずは、札幌市の事例をご紹介します。2011年度に43万人弱だった外国人宿泊客数は2017年度に250万人を超え、観光業は札幌市の経済成長のけん引役となっています。
ILO産業分析によると、札幌市はインバウンド型の宿泊業やアウトバウンド型の製造業などに競争力がありそうなこと分かりました。
さらに、製造業を細分化すると全体の40%以上を食品加工業が占め、札幌市の強みは観光と食にあることが分かりました。しかし、全国の政令指定都市と比較して食品加工業の従業者1人当たりの付加価値額が低く、改善の余地があることも判明しました。
そこで、拡大が期待できるインバウンド需要を捉え、札幌市、北海道大学、北洋銀行の産学官連携による外国人観光客向けお土産品開発支援事業を立ち上げました。北海道大学の留学生を活用したテストマーケティングを実施し、初年度の2017年度には9点のお土産品が誕生しました。
これまでの活動でパッケージデザインやコストが新たな課題として出てきたので、デザイン学部がある札幌市内の大学との連携も模索しています。ILO分析を基点とした取り組みは2019年度に最終年度を迎えましたが、3年間で約20点のお土産品が誕生する見込みであり、北大ブランド認定商品の開発にも期待が膨らんでいます。
大庫:
地域金融機関として、このような活動をどう捉えていますか。
安田:
北海道は人口減少のスピードが顕著ですので、北海道の強みをいかに発揮するかが喫緊の課題です。地域金融機関としても最大限努力すべきという責務を感じています。
大庫:
札幌市以外でも様々な取り組みを行っていますね。
安田:
網走市や滝川市などでも、産業構造の特徴を捉えた具体的な施策に着手しています。
例えば網走市は、ILO産業分析の結果アウトバウンド型産業の農林水産業や製造業が高い収益率を誇っていることが分かりました。競争力のある農産物の加工や流通を地域内で完結できるようにすることで、これまで流出していた付加価値を取り込めると考え、当行は農産物の販路拡大および食品加工分野の強化による垂直統合戦略を提言しました。オホーツク産小豆のブランド化に向けた商品開発などが進んでいます。
また、北海道の中央部に位置する中空知地区最大の街、滝川市は、小売業の競争力が高いことが分かりました。また、医療福祉や飲食などのローカル型産業も盛んで、都市機能が充実した地域でもあります。
一方、企業に対する関心が低く、魅力が伝わっていないことから地元就業が進まず、構造的な人手不足が地域共通の課題になっていることも分かりました。そこで、中空知地区の製造業などのアウトバウンド型企業での雇用機会の創出が、滝川市の都市機能と相まって中空知地区全体の成長力を引き上げるというシナリオを描き、具体的な施策に着手しているところです。
大庫:
地域経済戦略では人口をどうするかという労働問題になるケースが多いのですが、札幌市であれば外国人向けのお土産、網走市であれば農作物からの垂直統合展開、滝川市であれば中空知地区全体の連携と、違うものを抽出したところが素晴らしいですね。
地域経済の発展にはそれぞれの特長を生かすことが必要であると同時に、地域金融機関がサポートしていくことが大きな意味を持っていることがよく分かりました。
安田頭取、ありがとうございました。
講師:大庫 直樹(おおご なおき)
東京・堀切菖蒲園生まれ。東京大学理学部数学科卒業。同年 マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京オフィスに入社。ストックホルム・オフィス、ソウル・オフィス勤務を踏まえて、99年より、パートナーとして、東京オフィスにおけるリテールバンキング・プラクティスのリーダーとして活躍。また、通信、電力などの社会サービス系企業の経営改革、規制緩和対応にも従事。2005年退職し、GEコンシューマー・ファイナンス株式会社に事業開発分野の執行役員として入社。2008年独立、ルートエフ株式会社を設立し代 表取締役に就任、コーポレイト・アーキテクトとして活動。
その他現職として、広島県参与、金融庁参与、同志社大学 非常勤講師
ゲスト:安田 光春(やすだ みつはる)
慶応大商学部卒。北洋相互銀行(現北洋銀行)入行後、宮の沢支店長、融資第一部長などを歴任し、取締役経営企画部長、常務を経て、2018年現職。この間、石屋製菓に出向し、同社の再建に尽力した実績もある。2009年に北洋銀行の融資第一部に転じ、2014年に同行の取締役となる。