COVID-19の出現により、私たちの世界経済や生活様式は、今までにない急速かつ大きな変革にさらされています。
本企画では、中国・東南アジア・インド・中東・アフリカなど広くグローバルビジネスに精通する椿進教授から、アフターコロナ(ポストコロナ)後の世界にある「7つの本質と2つの蓋然」についてご解説いただきました。
そこに見えてくる具体的なビジネスの変化とは、同時に存在するチャンスとは何かを考え、また日本企業・日本人として、どのようにそのチャンスを活かせるか、国際的な視点から見つめていきます。
アフターコロナ時代の事業機会・イノベーション創出に関して新しい視野を求める方は是非ご一読ください。
登壇者:椿進(つばき すすむ)教授
ビジネス・ブレークスルー大学大学院教授、卒業研究担当。中国・東南アジア・インド・中東・アフリカなど広く海外ビジネスに精通している。近著「超加速経済アフリカ―LEAPFROGで変わる未来のビジネス地図」。
今回は新型コロナウィルス感染症をビジネスの視点から見て、コロナによる世界の本質的な7つの変化と短期・中長期にわたる変化、またそれによる2つの蓋然(がいぜん)(※1)についてお話ししたいと思います。
コロナによって経済は非常に大きなインパクトを受けています。しかし中国とアメリカは好調で、主な国々の来年の経済予測を見ると、中国は絶好調、アメリカもかなりのプラス、しかし日本は今ひとつ、というのが現在の予測です。世界全体で見るとかなりリカバリーしていますが、コロナの状況次第で経済の復興にはばらつきが出てくると思います。
会社別で見ると、大きく伸びているのがGAFAMです。去年と今年の1-3月期の数字を見ると、Microsoft、Google、Amazonは去年の1-3月も伸びましたが、今年はそれ以上の成長です。特に伸びているのがクラウドサービスです。GAFAMにすさまじい勢いで富が集まっている、これも一つの現象でしょう。
表面的な現象は、コロナのビフォーとアフターで大きく変わっています。医療、教育、エンタメなどを例に挙げると、遠隔診断、授業やコンサート、エクササイズなどがネットで行われるようにました。
また、テレワークや遠隔会議などは、どんどん当たり前になってきています。フードデリバリーやECなどのネット系全般、ネットフリックスのような巣ごもり系が増えるのは間違いないでしょう。
編集者註
(※1)「蓋然」:たぶんそうであろうと考えられること。ある程度確実であること。
次に、本質的な変化を7つにまとめました。このうち6つはすでに起きていたものが加速したもの、そして、ひとつが新しく出てきた動きと見ています。
1番は社会的価値の重視です。今までは経済価値で利益を上げることが重視されていましたが、コロナをきっかけに世の中によいことをしたいと思う人が増え、社会的価値を見直すことにつながりました。若い環境活動家のグレタ・トゥーンベリなどがその例です。サステナビリティーを重視する動きも間違いなく見られます。
また、ビジネスに直結するのが、2番のデカップリング化です。これまではグローバル化が盛んに言われ、アメリカ一強で、自由・人権・民主という一つの価値観が主でした。しかし、それに変化が起きてきたといえます。
特に大きいのが中国の存在です。中国は2028年頃にはアメリカをGDPのグロス(総額)で超えそうな大国ですが、一党独裁でこれまでの世界的な価値観とは大きく隔たりがあります。そして、彼らはそれが優れていると自信を持っています。この中国とのせめぎ合いが表面化してきて、これが今ビジネスの世界に非常に大きなインパクトを及ぼしつつあります。
今までと違う動きは3番です。これまでは自由・人権・個人情報の保護・連帯などが正しいと思われてきましたが、今回のパンデミックで、社会の安定を重視するには私権を抑制したり個人管理をしたりしても、ある程度はしょうがないという考え方が見られるようになりました。
中国もこれにかこつけて、社会の安定を大義名分に国をコントロールする動きが強まっています。しかし、この3番は見方によってはビジネスチャンスともいえます。
4番は社会のDX化です。これに関しては、日本のDX化が遅れていることがはっきりしました。しかし、これも今後ビジネスチャンスとして資金が注ぎ込まれるはずなので変化していくでしょう。
5番は1番に繋がりますが、BCP(ビジネス・コンティニュイティ・プラン)が重視されるようになります。これまでは、効率化や株主、生産性などが優先されていましたが、不測の事態が起きても業務中断が起きないようにする必要性が認識されました。これに伴って業界再編なども起きるかと思います。
また、6番の世界債務の急増とキャッシュ余剰は要チェックです。世界中でお金が大量供給されているので、株やビットコインなど余計な資産は上がるもののリアルはデフレです。
金利も上がってきているので、インフレになるのはほぼ相場ですが、これがスーパーインフレーションのような形で収まるのか、5年から10年後にわかるので注意して見てもらいたいと思います。
それから7番は、新ワークスタイルの浸透による変化です。実験としてリモートワークを取りいれて、今後オフィスを返上するという会社は多いと思われます。
アメリカでは大都市から郊外や別の州に住む人が増えて、そういう地域の不動産が上がってきています。 リバランシングといいますが、日本でも同じようなことが起きています。こういう新しい働き方が増えていく中で、また働く定義なども変わっていくのではないかと思います。
これらが私の考える7つの本質的な変化です。この大きな流れの中で、新型コロナショックは歴史に刻まれ、100年後も語られる大きなエポックメイキングになると思います。そして、これによって世界の価値観が変わっていくと見ています。
こういうことは過去にもありました。この30年ほどのダウ平均で見ると、最大の落ち込みは89年のベルリンの壁崩壊です。これでソビエトが崩壊して、アメリカ一強になって、ここから株価はほぼ5倍になっています。
ベルリンの壁崩壊から10年ぐらいは、グローバル化やインターネットの発達、グローバリゼーションが進み、株主重視で利益を得るのは正しいという比較的わかりやすい考え方が主流でした。
それに冷水を浴びせたのが、2001年の9.11です。イスラムなどの違う価値感があることがわかり、湾岸戦争やIS・テロとの戦いなどが起きました。
そして、人の価値観がまた大きく変わったのが、2008年のリーマンショックです。トップ数%の人が世界の富の半分くらいを持ち、利益を得るだけでいいのか、という疑問を持つ人が増えました。
さらに、コロナでまた大きく価値観が変わりました。アメリカでは MBAの学生がどこに就職するかも大きく変化し、それまでは投資銀行中心だったのが、ソーシャルインパクト系であったり、SDGs、ESGなどを重視したりするようになっています。
5月にBCGが、アメリカの経営者が短期的な視点で注視している点をレポートしていたのでご紹介します。
5つありますが、まず1つ目は供給問題です。半導体がなくて車が作れない、港湾混雑で物流の海上コンテナ輸送が遅れるなどがわかりやすい例です。中国が好景気なので買占めもあり、短期的にサプライチェーンに負担がかかっています。
次に、人手不足と新ワークモデルによる価値観の変化です。ニューヨークではレストランが再オープンしていますが、再雇用しようとしても人が戻ってきません。アメリカの救済措置が手厚すぎて、働かないほうがお金をもらえるためです。
テレワーク中心になっていくと、必要な人のスペックが変わります。価値観が大きく変わっていく中で人をどう確保するかは大きな議論になっています。
また、先ほども話した不動産ですが、会社に行くのが週一であれば住むのは都心でなくてもいいわけで、アメリカ郊外の不動産は50年ぶりくらいの高騰のようです。
3番目に不安視されているのがインフレです。日本も円が安くなるので、気をつけたほうがいいと思います。
それから経営陣にとって大きな課題になっているのが、4番目のマルチステークホルダーへの対応です。グローバルカンパニーでは、環境・Co2問題/ジェンダー・人種問題にどういう風に正しく目標設定を定めるか、どこに実際に投資するかなど、この問題に対する舵の切り方が非常に大きな課題になっています。
最後はデジタリゼーションです。あらゆる産業がデジタルで再定義されるので、これをどうするかという問題です。また、サイバーアタックも増えて短期的な議題に上がっています。
これらは経営的な課題でありますが、いいかえればビジネスチャンスでもあります。 これらにどう対応するか、ビジネスチャンスとして活かせるかというのが、今後大きなポイントになってくると思います。
先ほどお話しした7つの本質的変化は、大きく2つの蓋然に収れんしていくと思われます。ひとつは米中摩擦がどうなるかです。もう一つは第4次産業革命で加速するDX化です。まず、米中関係についてお話しします。
今後10年の最大のテーマは、中国が世界トップになったときにどうするかということです。2028年頃までには中国がグロスでアメリカのGDPを超えそうです。しかるべき力を持った中国が地政学的なパワーバランスを変えたいと思うのは必然でしょう。
東西冷戦の時と違うのは、中国の経済がとてつもなく大きいことです。コモディティ市場を見てみると、セメントやガラスなど多くで中国が生産高トップです。さらにいえばスマホも中国で1/2を製造し、半導体も自国で半分作ろうとしています。貿易相手国を見ても、東南アジアはほとんどトップが中国で、日本もアメリカでなく中国がトップです。
R&Dの分野でも、中国はトップになりつつあります。トップ論文の国の比率を見てみると、工学系・化学系・材料系・数量系で中国はアメリカを超えていて、R&Dの投資でもアメリカを抜いています。もう数年で中国からノーベル賞受賞者も次々に出てくるでしょう。
また、軍事的にも2045年にはアメリカに追いつこうとしています。そこで気になるのが、過去、覇権交代時には戦争が起きていることです。
1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見してから今までに、覇権国が5回変わっています。その時々に必ず戦争が起きていますが、今回も米中戦争へ発展していくのか注意する必要があります。
また、日本にはこれだけ大きい中国を無視できないという課題があります。ただし、隣に大きな経済国があることは悪い話ではありません。問われるのは、どういう風に付き合うかということです。
次にDX化についてお話しします。インターネットがあらゆる産業に浸透して、今後ビジネスが大きく変わります。
まず広告ですが、メディア別の広告媒体の金額をみると、日本はやっと去年ぐらいにネットとTVの広告費が逆転しました。しかし、中国は2015年にインターネット広告がTV広告を超えて、ピーク次に比べると TV広告費が1/3になり、ネット広告はTVの約5倍になりました。
そのネット広告の中で大きいのが、KOL/KOC(Key Opinion Leader/Key Opinion Customer)の動画を使ったマーケティングです。これは、KOL/KOCが動画で化粧をしたり洋服を着替えたりして商品を宣伝し、それが売れるとアフィリエイトで報酬が入るというものです。
日本ではまだほとんど見られませんが、中国ではこのマーケティングが圧倒的に主流で、東南アジアやインド、アメリカなどでもどんどん広まっています。これは広告やマーケティングの世界が、DX化によって完全に覆ってしまった事例です。
これによって、中国では有力KOL/KOCが出現しています。例えば口紅王子と呼ばれる李佳琦は2019年のW11の日に3000万人近くに口紅を売り、年収が31億円といわれています。元々はロレアルの美容部員だったそうですが、ネットで口紅を売るようになって大ブレークしました。ロレアルは商品開発も彼と共同で行っています。
このマーケティングのすごいところは、KOL/KOCのフォロワーの数やその名前、その人の購買履歴などが全部わかることです。メーカーは売りたい商品に合わせ、過去にそのブランドの商品を買ったフォロワーが多いKOLを集めてピンポイントで攻める、というようなマーケティングができます。これにより、中国ではマーケティングが全く変わってしまいました。
今後、コロナによる7つの本質的な変化の中で中国がヘゲモニーを取り、あらゆる産業が全部再定義されていきます。その中で考えるべきなのは、勝つ企業が日本から出てくるか、皆さんがそこで成功できるか、ということです。
日本の最大の課題は人口減だと思います。残念ながら、赤ちゃんを産める女性の数が減り、団塊の世代が高齢になっていくので、今後、毎年80〜100万人くらいの人口減が50年くらい続きます。
こういう中でどうやって個人や会社の力を伸ばしていくか、これはピンチでありチャンスでもあります。世界を視野にチャンスをつかむしかありません。
具体的にいえば、個人は成長する世界で戦える力を持って、DXの世界で勝てる人材になることです。GAFAMのような会社が日本からいくつ出てくるかがこれからを決めます。
最後になりますが、ぜひ大志を抱いてほしいと思います。人生は一回しかないですから、皆さんには全力で世界に立ち向かっていただきたいです。