大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
バイデン政権誕生が既定路線であるこの場に及んで、トランプ米大統領が再選されるどんでん返しの可能性を示唆する怪しいフェイク情報が出回っています。しかしながら、12月14日、各州の選挙人投票が終わり、主要な報道各社は過半数を獲得したバイデン氏の次期大統領就任を確実なこととして一斉に報じました。バイデン新政権の時代も「分断」という重い後遺症に米国は苦しむとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。
州単位の選挙人の数(一票でも多い勝者が選挙人を総取りする)では差がついたが、ポピュラーボート(一般投票における得票数)はバイデン氏の7700万票(得票率50.8%)に対してトランプ大統領も7200万票(同47.2%)を獲得している(日本時間20年11月15日時点でのCBSによる)。これまでの大統領選の最多記録はオバマ前大統領が初当選した2008年の大統領選で、約6950万票。両者ともにこの記録を大幅に更新しているのだ。
今回の大統領選はバイデン氏の政策やビジョンはほとんど置き去りにされて、「反トランプか、トランプ支持か」を問う側面が大きかった。2016年の大統領選で勝利したトランプ大統領が獲得した票数は約6200万票。負けたとはいえ、トランプ大統領も前回を大きく上回る票数を得たことに米国社会の「分断」の深刻さを感じる。アメリカ合衆国を英語で「United States of America」と言うが、「Divided States of America」(アメリカ分断国)と言ったほうが米国の現状を正確に表現していると思う。
大統領選挙結果には修復不能な米国社会の分断ぶりがよく表れている。移民国家としてスタートし、連邦制や奴隷制度の是非を巡って対立、南北戦争や世界恐慌を経て米国の二大政党制は形作られた。つまり「分断」自体はずっと以前から内包していたわけだが、それを極端に煽り立て、亀裂を深めたのがトランプ大統領なのである。一方、新型コロナ対策で明らかに失政した、と言われるトランプ大統領だが、その影響は投票には驚くほど表れていない。
共和党の支持層は経営者やエスタブリッシュメント(伝統的な支配層)で、民主党は労働者や労働組合というのが一般的なイメージだが、そこは様変わりしていることも見て取れる。最近の動きとして非常にハッキリしてきたのは若い世代の共和党離れ。シリコンバレー系のIT、ハイテク関連のビジネスパーソンには総じて共和党嫌いの民主党支持が多い。
たとえば多くのIT、ハイテク関連企業の本社があるワシントン州(主要都市シアトル)、オレゴン州(主要都市ポートランド)、カリフォルニア州の西部3州は圧倒的なブルーステート(民主党支持の傾向が強い州)だ。
カリフォルニア州北部のシリコンバレーでは不動産価格が高騰しすぎて、サンフランシスコに住んで通うビジネスパーソンやサンフランシスコに本社を移す企業が増えている。それでも足りなくて、さらに南のアリゾナ州にまで人や企業が移り始めた。アリゾナ州は最近まで(大統領候補にまでなった)ジョン・マケイン氏の影響で共和党が強かったが、今回の大統領選では激戦州となりバイデン氏が辛勝した。その理由の1つはアリゾナのシリコンバレー化と言われている。
バイデン氏は勝利宣言で「分断ではなく結束を目指すことを誓う。赤い州も青い州もない。1つの米国のために尽くす」と語ったが、どこか虚しく響いた。米国は決して一つではないからだ。
トランプ大統領は選挙に不正があったとして裁判所に選挙無効を訴え、敗者慣例の「敗北宣言」を拒否し続けている。今回の郵便投票は封筒を2重にするなどかなり厳格に運用されていて、トランプ大統領が言い立てるほど不正が簡単にできる仕組みにはなっていない。手作業で再集計していた激戦州でも次々とバイデン氏勝利を確定して、州裁判所もトランプ陣営の訴えを「不正の証拠を示していない」などの理由で退けている。
なぜこうも往生際が悪いのか。大統領職を降りたらさまざまな罪状で訴追の可能性があり、ホワイトハウスから刑務所に直行する初めての大統領になることを恐れているのだ。「本当に負けたら、この国にはいない」などとツイートしているから、ロシア辺りへの亡命を狙っていても不思議ではない。2021年1月20日の就任式の前に辞任してペンス副大統領を大統領に昇格させて恩赦を与えてもらうのでは、という説もまことしやかにささやかれている。
法廷闘争で選挙結果がひっくり返る可能性は限りなくゼロに近く、バイデン政権誕生はもはや既定路線だ。敗北宣言は出さずとも、バイデン氏の政権移行準備を連邦政府が協力することを認める意向をトランプ大統領自身もツイッターで発した。しかし、まだトランプ大統領が核のボタンを握っているし、最高司令官として軍の出動命令も出せる。人事権も握っている。だから選挙後にエスパー国防長官を解任した。2021年1月20日までに何をしでかすかは予測不能だ。
一方、バイデン陣営は政権移行準備に入っているが、史上最高齢で演説も覚束ない新大統領に対して期待は膨らまない。トランプ大統領を追い落としたことで任務を終えたようなものだが、取り組むべき課題があるとすれば選挙制度の改革である。自由と民主主義のリーダーを自任していながら、その国のリーダーの選び方に大きな欠陥があってみっともない大統領選が繰り返されてきた。世界の物笑いの種である。
勝者総取り方式の選挙人制度では往々にして民意とかけ離れた結果が出る。もっとシンプルにポピュラーボートで決める選挙制度にすべきだし、生体認証を取り入れてスマホやパソコンからでも投票できるように近代的な仕組みに変えていく必要がある。もちろん得票総数で最近民主党に負け続けている共和党は反対するだろうが、逆にそれがもう少し弱者の痛みのわかる党に脱皮するキッカケになれば米国の分断の治療薬になるだろう。
※この記事は、『プレジデント』誌 2020年12月18日 を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。