講師:野田 稔(明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科教授)
編集/構成:mbaSwitch編集部
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組織と個人の新しい関わり方を解説するシリーズ、『成果をもたらす組織論』。
今回は、新しい概念として研究が進む組織市民行動をテーマに取り上げます。組織市民行動は、市民という高尚・高邁な概念を組織に応用して組織を活性化させるための概念です。この概念を用いて、お互いが信頼できる安心・安全な組織になると、リラックスして仕事に取り組めるようになるので、創造的成果を生み出せたり、チームの生産性が高まります。そもそも活性化した組織とは、どのような状態の組織なのでしょか。詳しく見ていきましょう。
リーダーが目指す活性化した組織とはどのような状態の組織なのでしょうか。活性化した組織を定義すると、「組織本来の目的を組織構成員が共有して、主体的・自発的に協働しながら達成しようとしている状態」となります。ただ単に、お祭り騒ぎでワイワイと仕事をしている状態は活性化ではありません。
納得できる目標や誇れるビジョンがあり、これが組織構成員に共有されて、協働する事で成果が生み出されます。成果が生み出されると、達成感や誇り・価値観・一体感が強化され、目標や誇れるビジョンに対する納得度や動機付けが強化されます。活性化は、このようなサイクルで回っています。最初のワンサイクルはリーダーが回す必要がありますが、その後は、組織全体で自発的に回る状態になります。この活性化サイクルの最初の第一歩である納得できる目標や誇れるビジョンは重要ですが、それと同じぐらい協働も非常に重要なポイントとなります。
ただ、協働は思っている程簡単な事ではありません。協働しようとしても組織構成員の意識が合わない事はよくあります。どうしたら協働が円滑にできるのか、という事を約200年間研究してきたのが組織論である、と言っても過言ではありません。この協働を成し遂げるために必要な中核的概念のひとつが、今回テーマに取り上げる組織市民行動です。
組織を活性化するためには、目を外に向ける事が大切です。また、外に目を向けるためには、組織の内側がまとまっている必要があります。例えば、一回会議を欠席したら、嫌な事を全部押しつけられてしまったとしたら、安心して仕事に取り組めなくなるでしょう。活性化するためには、安全な状態である事が重要です。しかし、今は、組織での協働が難しくなってきています。
組織市民行動は、米・インディアナ大学のデニス・オーガン教授が中心となって研究が進んでいます。また、組織市民行動の定義づけは、「自由裁量的で、公式的な報酬体系では直接的ないし明示的には認識されないものであるが、それが集積することで組織の効率的および有効的機能を促進する個人的行動」となっています。
組織市民行動を簡単に表現すると、自分の役割でなくても、周りの人が困っていたら手を差し伸べる、という組織のために行う見返りを求めない自発的な活動、となります。見返りを求めない自発的な活動について、より理解を深めるために、以下のような場面を想像してみてください。
組織の中では、1の行為が10、100の成果になる事がよくあります。どういう行為が組織市民行動として望ましい・望ましくないのか、以下のような指標が考えられました。組織市民行動は、英語ではOrganizational Citizenship Behaviorとなり、一般的にOCBと呼ばれています。
組織市民行動を研究するにつれて、おおよそ5つの行動次元がある事が分かってきました。その行動次元は、「援助」「誠実」「スポーツマンシップ」「厚意性」「市民道徳」です。
他者を助ける行動である「援助」や、真面目な行動である「誠実」はイメージがしやすいと思います。少し面白い表現で「スポーツマンシップ」があります。スポーツマンシップとは、スポーツマンが備えているべき精神の事です。組織における次のような行動は、スポーツマンシップに反する物で、かつ、組織市民行動としても望ましくない行動です。
逆に、次のような行動は、スポーツマンシップに則っており、組織市民行動としても望ましい行動です。また、仕事の中でも大切と言われている事です。
次の「厚意性」は、相手の事を思いやり、他者に対する自分の行動の影響を考え、迷惑をかけないようにできるだけ自己完結する行動です。トヨタ用語である「自工程完結」は、自分の工程で完結をして後の工程には迷惑をかけないという意味ですが、まさにこれが厚意的行動です。
最後の「市民道徳」は、少し説明が必要だと思います。
市民には、社会を運営するために意思決定の一翼を担う人という意味があります。その意思決定にしても、目の前の事だけを見るのではなく中長期の視点で、自分の事だけでなく他者の事や社会の事も考えて意思決定していく事が大切です。組織の市民として意思決定して行動する事が「市民道徳」です。
ここまで組織市民行動を見てきましたが、本当に有効かどうか分からないと、中々一歩が踏み出せないと思います。これまで、組織市民行動に関する研究が色々と行われていて、研究の成果として、次のような事が分かっています。
また、組織市民行動と似た考え方も色々とあります。
ここでは、3つの考え方をご紹介します。
最初は、みなさんよくご存知の心理的安全性です。
Google(アルファベット)は、社員の生産性を極限まで高めるために、2012年から4年間に渡って労働改革プロジェクトを実行しました。このプロジェクトで分かった事は、チームの生産性を高めるために、心理的安全性が一番大切な事である、という事でした。メンバーが心の底から安心・安全だと思えるようなチームでなければ生産性は高まりません。
Googleの創造性は、心理的安全性から生み出されています。つまり、心理的安全性をベースにして、限りある時間を有効に使うためにお互いを信頼し、仕事を任せられる状態になっている。その上で、チーム目標や役割分担が明瞭になっていて、一人ひとりが自分に与えられた役割に対して意味を見出している。また、自分の仕事のインパクトを知っている事で、自分の仕事が組織内や社会全体に対して影響を持っていると感じられる。だから、私は意味のある仕事をしている、また人から頼られているからここにいて良い、という安心感が組織全体に浸透して、それがGoogleの創造性に繋がっています。
次は、セキュアベースリーダーシップという考え方です。
これは、リーダーがチームの安全基地(セキュアベース)のような存在になる事で、メンバーの才能、意欲、想像力、エネルギーを解き放つ、という考え方です。
最後は、職場の基礎代謝という考え方です。
職場の中には色々な負があり、それが高じてくると不機嫌になってきます。この負を取り除いていこうという考え方です。
経営学を紐解くと、古くから組織市民行動と似た考え方があります。
おそらく、人間が組織を作ってからこれまで、ずっと組織市民行動の概念は大切だと考えられていたと思います。
実際に日本の経営者である松下幸之助さんは、役員登用の条件として「運が良いこと」を挙げています。ある方が、松下幸之助さんに「運の強くない人はどうしたらいいですか?」と聞いたところ、すぐに「得を積みなさい」と返事が返ってきたそうです。「一日一徳でいいので私利私欲を忘れて他人の為に尽くし、その人に良かれと思う事を損得勘定抜きでやりなさい。それを一年続けたら365徳、十年続けたら3650徳積める。それは、3650人をあなたのサポーターにした事と同じ事だ。あなたが何か失敗したら、その3650人のうちの誰かは必ずあなたを助けてくれるだろう。それを見て周りの人は、あの人は運が強いと言う」という事をおっしゃったそうです。
また、この話には続きがあり、「社員みんなが徳を積むと、徳のある会社になる。徳のある会社になると社会が放っておかない。もし、その会社に何か良くない事が起こったとしても、絶対誰かが助けてくれる。また、国についても同じ事が言える。国全体として有徳の国になったら、世界の中で放っておかれない。」という事をおっしゃったそうです。
このような徳を積むという事も、今回取り上げた組織市民行動に似ていると思います。
冒頭で近年は組織の協働が難しくなってきているという事をお伝えしました。その状況の中で、組織の中の人も国の中の人も、有徳である事の大きな価値について、改めてもう一回、振り返らなければならないと思います。
そして、その価値を十分に理解する時期にきているのではないのでしょうか。
講師:野田 稔(のだ みのる)
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授/一般社団法人社会人材学舎 塾長。
1981年、野村総合研究所入社。同社にて組織人事分野を中心に多数のプロジェクトマネージャーを勤め、経営コンサルティング一部長を経て、現職。2013年に一般社団法人社会人材学舎を設立、日本のミドルの能力発揮支援に取り組む。