大前研一メソッド 2025年1月28日

「原発再稼働」の陰に未解決の問題

nuclear power plant compliance

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2024年11月、東北電力の女川原子力発電所2号機が発電を再開しました。設計面で原発の安全性は担保されています。しかしながら、政府の危機対応組織が存在しない、電力会社に人材が不足しているなど、組織体制には不安が残るとBBT大学大学院学長・大前研一氏は指摘します。組織体制にどのような不安があるのか、大前学長に聞きました。

原発事故に対応できる組織がいまだに存在しない

一抹の不安はあるが、今回の再稼働は評価したい。ただし、条件付きだ。

女川原発2号機は、定期検査後の原子炉起動作業中に東日本大震災が発生したことから、2024年11月まで冷温停止していた。同じ太平洋岸に立つ、東京電力の福島第一原発は、地震で外部電源が壊れて非常用電源に切り替えたが、水冷式のディーゼル発電機が地下にあり、津波で水没、事故につながった。一方、女川にも最大約13mの津波がやってきたが、女川原発の外部電源は無事であり、海抜13.8mの土地に建っていたことから津波による水没も辛うじて免れた。

その後、東北電力は新規制基準を踏まえ、海抜29mの防潮堤を設置、2020年2月には原子力規制委員会が原子炉設置変更を許可、震災前の定期検査入りから約14年ぶりの再稼働となる。

もともと東日本大震災の揺れや津波にも耐えたこと、そしてその後の安全対策を考えても、設備面での安全性はほぼ問題ない。あえて不安点を挙げるとするならば14年ぶりの発電になることである。

原発は1基で約100万〜200万世帯に電力を供給できる巨大システムである。このような巨大システムを長い年月放置していた後に急に再稼働すると、想定外の問題が発生する可能性が大いにある。長期間放置していた自動車を動かすのと同じで、どこかに不具合が発生してもおかしくない。新規制基準において安全性が確認されたとしても、絶対に不具合が出ないとは言い切れない。何か問題があった場合を想定し、あやしい時にはすぐに運転を止めるという運用をすべきである。

課題は、問題が発生した場合の政府の組織的な対応である。実は日本政府には原発事故発生時に十分に危機対応できる組織が存在しない。住民の広域避難など、地方公共団体では対応できないことも多いため、政府に危機対応組織を置くべきところなのである。

私は以前、原発再稼働の条件として、首相官邸に対応組織を設置することを提言した。ただ、多くの政治家は難色を示した。「事故発生時に対応する組織をつくる」と言えば、「原発は100%安全のはずではないのか」「不吉なことを言うな」と安全神話にこだわる有識者から反発を受けるからである。

そのような中でも動いてくれたのが、現在は引退している自民党の大島理森議員だった。しかし、間の悪いことに、大島議員は衆議院議長に就任して動きが取れなくなった。後を引き継いでくれそうな議員もいたが、地元に原発が立地する選挙区が地盤で落選した。それ以来、対応組織を設置する話は頓挫している。今からでも遅くない。女川原発2号機の再稼働が安全だとしても、万が一に備えて事故対応組織を首相官邸に置くべきである。

女川原発の再稼働は脱石炭への第一歩

不安が完全に払拭されたわけではないのに、なぜ女川原発2号機の再稼働に私が反対しないのか。それは国内の電力供給のほとんどが化石燃料による火力発電によってまかなわれているからである。

国内の電力構成のうち化石燃料による火力発電は約7割を占める。その火力発電の中でも、CO2排出の点で問題がある石炭は約3割を占めている。カーボンニュートラルが世界的な課題である昨今、先進国の中でも日本の火力発電への依存度は際立って高い。

再生可能エネルギーの普及も、日本の国土では限界がある。砂漠が広がる国のようにソーラーパネルは設置できないし、洋上風力も海が遠浅なため建設しやすく一定方向に風が吹く欧州北部ほどには効率良く発電できない。現状では石炭を代替できるのは原子力しかない。

では、現在の原発の稼働状況はどうなっているだろうか。

【図】原発の新規制基準適合性審査の状況
nuclear power plant compliance

日本国内には、建設中を含む60基の原発がある。うち24基は廃止が決まっていて、稼働が可能な原子炉は33基である。そのうち実際に稼働しているのは女川を含めて13基である。

石炭火力の代替を進めるには、原発のさらなる再稼働が必要である。その意味で、今回の女川原発2号機の再稼働は画期的だった。女川原発2号機の原子炉がBWR(沸騰水型軽水炉)であることも大きい。福島第一原発の原子炉もBWRであり、震災後、BWRは一基も再稼働していなかった。女川原発2号機が老体ながら問題なく稼働すれば同じBWRである中国電力島根原発2号機やABWR(改良型沸騰水型軽水炉)である東京電力柏崎刈羽原発7号機の再稼働を進めやすい。

原発を運用できる優秀な人材が不足している

女川原発2号機が再稼働し、日本の原発再稼働に弾みがつくことは間違いない。しかし、喜んでばかりはいられない。中長期的には原発人材が不足しているという大問題がある。

実は原発は成長産業である。まず、国内では廃炉が相次ぐ。「廃炉になれば人がいらなくなる」と考えるのは大間違いである。メルトダウンを起こしていない正常な原子炉でも、燃料を抜いて影響がなくなるまで待ち、すべて解体して更地にするまで約60年かかる。それが、今決まっているだけで国内に24基もある。人がいくらいても足りないほど膨大な工数がかかる。

ちなみに、メルトダウンを起こした福島第一原発では2024年10月に、事故後初のデプリ回収が行われた。デプリの総量は880tで、今回取り出したのは大きさ5㎜、重さ数mgに過ぎない。スリーマイル島事故(1979年)やチェルノブイリ事故(1986年)など、事故が起きた原発でデプリをすべて取り出せたケースは皆無である。私の個人的見解では福島第一原発のデプリを取り出すのをやめて、国が土地を買い取り、そこにデプリを永久保存するべきである。

今や原子力を研究したがる学生数は激減した。今後も需要が高まることをアピールしないと、廃炉もままならない。

数少ない原子力のエンジニアを集約する仕掛けも必要である。沖縄電力以外の九電力会社は、それぞれに原発を所有している。しかし、比較的優秀な人材を集めているはずの東京電力でさえ頼りない社員が多かった。原発に携わる社員は大勢いるが、多くはエンジニアではなくオペレーターである、優秀な技術者もいたが、彼らは技術者である前に東電社員であり、科学より会社の都合を優先させていた。

東電でさえそのレベルである。私と話がかろうじて通じるのが関西電力、中部電力まである。ある地方電力会社に頼まれて安全性の議論をしたときには、原発担当役員が何も答えられず、「〇〇君を呼んできます」と部下に丸投げだった。呼ばれてきた担当者も、応答にしどろもどろである。そのレベルの人材が原発を運用しているのが実態である。

私は米MIT(マサチューセッツ工科大学)時代のある授業を思い出す。訓練用の原子炉から制御棒を抜く実習をするのだが、核手分裂の連鎖反応が始まるとガイガーカウンター(放射線測定器)が轟音で鳴り響く設定がされていた。その音は激しく、訓練を受けた3人に1人はその場で失神した。

実はスリーマイル島の事故は、警報音で気が動転したオペレーターのミスで発生した。手を離せば自動的に停まるように設計されているのに、なぜか手動に切り替えたのだ。しかもそのミスを2回繰り返した。それなりに訓練されたオペレーターでもこのありさまである。

ただでさえ優秀な人材が必要なのに、電力会社各社で人材が分散している状況は危ない。オペレーションは公社一つにまとめて、万が一のときは優秀なチームが全国どこにでも駆けつけることができるようにすべきである。メーカーも、現在の三菱重工、東芝、日立3社の原発部門をまとめて公社をつくるべきである。

設計面で原発の安全性は担保されている。ただ、政府の危機対応組織や電力会社の人材など、組織体制面では不安が残る。原発と上手につきあうために政府には早急な改善を望みたい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2025年1月3日号 および『大前研一ライブ』#1237 2024年11月3日配信 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。