大前研一メソッド 2025年1月14日

中国人はなぜ日本人を憎むのか

relationship between China and Japan

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

産経新聞社は2024年11月中旬から12月上旬、主要企業111社を対象にアンケートを実施しました。

同アンケートによると、中国・深センで2024年9月に発生した日本人児童刺殺事件や同年6月に江蘇省蘇州市で発生した、スクールバスを待つ日本人の母子が男に刃物で襲われた事件などを受け、在中国駐在員やその家族の安全に「懸念」を示した企業が7割を超えました。
希望者の一時帰国を含む具体的な安全対策をとった企業も6割以上に達し、現地の邦人社会で不安は高まる方向にあります。

中国人はなぜ日本人を憎むのか、BBT大学大学院学長・大前研一氏に聞きました。

まやかしの建国神話を人民に刷り込む中国共産党

立て続けに起きた2つの殺傷事件は、日本人を狙ったヘイトクライムである可能性が高い。ある意味で、これらの事件は起こるべくして起きた。そのことを理解するには、まず中国の土地制度について説明する必要がある。

中国では数年前まで不動産バブルが続いていたが、そのとき売買されていたのは土地の所有権ではない。中国では法律上、都市部の土地は国家所有、農村部および都市郊外は集団所有になっている。集団所有といっても多くは地方政府が収用し、都市部も農村部も土地は共産党のものである。中国に私有地は存在しない。一見、民間が持っているように見えても、共産党から土地を借りているだけであり、売買されているのも所有権ではなく使用権だ。

なぜ土地の所有権を共産党が独占しているのか。その正当性を、共産党は抗日戦争(日中戦争。本稿では中国側の視点に立ち「抗日戦争」と呼ぶ)に勝利したことに置いている。毛沢東が日本軍を中国から追い払って土地を取り戻したのだから、土地が共産党に帰属するのは当然というわけだ。

しかし、これはイカサマだ。まず日本が降伏した相手は、毛沢東ではない。日本軍が直接戦っていたのは蒋介石率いる国民党の中華民国だ。また、日本軍が中国沿岸部の主要都市を支配していたころ、共産党は大陸の奥地へと撤退している。抗日戦争で毛沢東は八路軍を組織して日本軍と戦ったが、目覚ましい戦果などない。

連合国の反攻が始まり、戦後処理について話し合われたカイロ会議に出席したのも蒋介石だった。1945年のヤルタ会談に蒋介石は招かれなかったものの代理が参加している。抗日戦争の主役は蒋介石の国民党であり、毛沢東の共産党は脇役にすぎなかった。

戦後の国共内戦に勝利した共産党は1949年、中華人民共和国を建国。蒋介石が日本から取り戻した土地を毛沢東が横取りしたが、同じ中国人から奪い取った形だときまりが悪い。そこで「共産党が日本から中国を取り戻した」という建国神話を人民に刷り込むことにした。それが抗日教育なのだ。

時の政府の正統性を主張するために多少のイカサマを言う国は少なくないが、共産党はやりすぎた。私が中国をよく訪問していた当時、深夜になると毎晩のように穴埋めで抗日映画が放送されていた。いずれも極悪非道のかぎりを尽くす日本兵を中国軍がやっつけるストーリーだ。なかにはカンフーアクションで日本兵をやっつけるという荒唐無稽なものもあった。

抗日映画は普段、深夜の時間帯に流れるが、中国には朝から一日中、日本軍への憎しみをメディアで煽る「国辱の日」が数日ある。その一つが、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件が起きた9月18日。まさに深センで日本人児童が刺された日だった。

抗日教育を受けたからといって、全員が日本人に憎しみを抱くわけではない。また、憎しみを抱いたとしても、普通の中国人は子どもを刺すという非道な行為に至らない。しかし人口が14億人もいれば、なかには常識がない人間もいる。共産党の反日キャンペーンが、そうした人間に犯行の理由を与えて背中を押してきたのだ。「愛国無罪」という誤ったスローガンもそうした行為を正当化するときに使われる。

中韓の反日プロパガンダは、旧植民地の国々の中で例外的

実際に日本はひどいことをしたのだから、中国が抗日教育をするのは当然だという見方もある。もちろん歴史を直視することは大切である。しかし、戦争や植民地化でつらい思いをした国々の多くは、その被害を歴史の一コマとして冷静に教えており、プロパガンダに利用していない。

たとえば南米のペルーはインカ帝国として栄えて、人口は1000万人を超えていた。しかし16世紀にスペインに征服され、強制労働で死者が相次ぎ、人口は4分の1以下になってしまった。それでも現在、ペルーでスペイン人はそれほど嫌われていない。ほぼ同時期にポルトガルに植民地支配されたブラジルも同様である。

アフリカに目を向けても、植民地だった歴史がある各国は旧宗主国に対して比較的穏健だ。たとえばサハラ以南で最初に独立したガーナは今では英連邦の加盟国だ。話し合いで独立したガーナと違い、激しい独立戦争の末にフランスから独立したアルジェリアも、高等教育はフランス語で行われている。

これらの国々にも民族主義の動きはあるし、過去の不幸な歴史は学校で子どもたちに教えている。しかし、ことさらに憎悪を煽る教育や文化施策は行われていない。それが世界の標準だ。

被虐の歴史を持つ国々が冷静なのは、言語の問題が大きい。これらの国々では旧宗主国の言語が定着していたり、グローバルに出ていくためのチケットになったりしている。また、植民地支配時代にインフラなどの正の遺産もある。すべてがネガティブではないため、旧宗主国への憎悪にも歯止めがかかる。

台湾に親日家が多いのは、植民地時代に日本の投資で近代化が進んだ記憶があるからだ。もともと台湾にいた本省人だけではない。中国本土で日本兵と戦った後、共産党に追われて台湾に逃れた外省人も日本嫌いではない。抗日教育を受けていなければ、過去の歴史を理解しつつも、反日にはならない。

その点で揺れていたのは韓国である。韓国政府は長らく日本の植民地支配に焦点を当てて反日感情を煽ってきた。昔は韓国では日本の音楽や漫画が禁止され、日本から週刊誌を持ち込んだら必ず持ち帰らなくてはいけなかった。国民の半分はそうした政策に乗せられて反日感情を募らせてきた。

しかし、残りの半分は違う。日本文化が禁止されていた当時、飲食店で働く女性から「次は五輪真弓のCDを持ってきて」などとせがまれた。現在も、そのころ聴けなかった日本の1970〜80年代シティポップが大人気だ。半分の人は、むしろ日本に好印象を持っている。

韓国は政権によって日韓関係のスタンスが異なり、それによって反日感情は揺れ動いてきた。ただ、サムスンが世界を席巻し、一人当たりGDPで日本を上回ったことで、反日的だった人の心に余裕が生まれた。さらに2024年1月に北朝鮮の金正恩総書記が「韓国は第一の敵」と表明して以降、日韓関係重視の流れが強まっている。

中国からのインバウンドが、関係改善の鍵

問題は中国だ。かつては中国も対日関係に融和的な時期があった。李鵬や朱鎔基がいた江沢民時代や、胡錦涛がリーダーだったときは反日キャンペーンが控えめだった。

しかし、習近平国家主席は独裁者で、自分が追い落とされることを極端に恐れている。共産党内は粛清ばかりして仲間がいなくなり、経済もうまくいっていない。となれば仮想敵をつくって国民の不満をそちらに向けさせるしかない。本来、共産党の正統性を強調するためだった反日キャンペーンに、習近平国家主席の保身が加わったのだ。

不幸な事件を引き起こしかねない反日キャンペーンに対し、本来は日本の外務省は猛抗議してやめさせるべきだ。しかし、外務省の主流派の約半分は、チャイナスクールと呼ばれる親中派で、彼らのゴールは中国大使。大使になるには中国からアグレマン(派遣先国による承認)をもらう必要があり、親中派は将来のアグレマン欲しさに中国には厳しいことを言わない。今の外務省にまともな抗議や交渉は期待できない。

頼みの綱は民間交流だ。日本を初めて訪れた中国人は、日本人の顔を見て驚く。多くの抗日映画の中で、日本兵は目を吊り上げて怒っているが、実際の日本人は柔和な表情で親切だからだ。

訪日を繰り返すと、対日感情だけでなく食も日本寄りになっていくからおもしろい。中国人はぬるいビールを好み、生魚は食べない。最初に日本に来ても警戒して中国スタイルを貫くが、しだいにビールを冷やし、寿司を食べるようになる。人前で裸にならない習慣から温泉なども当初はNGだ。

従って、日本は中国からのインバウンドを今以上に積極的に受け入れるべきだ。抗日映画の世界が虚構であることを肌で感じてもらえば、共産党のプロパガンダにもそう簡単に流されなくなる。多くの来訪者がリピーターとなるには、時間がかかるものの、それが不幸な事件を防ぐ最善の策である。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年11月29日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。