2012年3月にBBT大学院を修了した鳥生 格(とりう・かく)さんにお話をお伺いします。鳥生さんは修了後に宿泊業界向けデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)サービスを提供するtripla(トリプラ)株式会社を創業し、現在は代表取締役CTOとしてご活躍されています。2022年11月には東証グロース市場に上場も果たされました。今回の対談ではBBT大学院時代のエピソードはもちろん、起業の経緯、さらに宿泊業界に大打撃を与えた新型コロナウイルスの影響をどう乗り切ったか等、さまざまなお話をお伺いします。インタビュアーは株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役の柴田巌が務めます。
※こちらの記事はYouTube「Aoba-BBT ビジネスチャンネル」にてにて公開予定の対談映像を特別に記事化したものです。
柴田: 鳥生さんはBBT大学院を2012年に修了後、tripla株式会社を創業。2022年11月25日に、東証グロース市場に上場されています。BBT大学院で学んだことや創業に至るまでのエピソード、triplaさんの事業、また新型コロナウイルスの流行で経営環境が激変した中、今日に至るまでのことを伺います。さて、triplaは、主に宿泊業界の抱えている課題をデジタルの力で解決するDXの支援をしている会社ですね。社名の由来はTRIPとPLANを組み合わせたからだとか。事業概要についてお聞かせいただけますか。
鳥生:弊社ではAIチャットボットとホテル・旅館向け予約エンジンを提供しています。2014年の創業当時、外国から訪日観光客が多く訪れていて、宿泊業界ではそのハンドリングに困っていたという事態がありつつも、「人を雇えない」という問題が起きていました。そこでtriplaBotというチャットボットを提供したところマーケットニーズに合致してビジネスが拡大していったんですね。
柴田:タイムリーでしたね。
鳥生:はい、まさに。さらにお客様に「他に大きな課題はないか」と聞いたところ、宿泊施設は、OTA(Online Travel Agency)というインターネットのみで取引を行う旅行会社への支払手数料が非常に大きく、収益を圧迫していることが分かったんです。それに対するソリューションをほぼどの企業も持ち合わせていなかったため、メスを入れようということでtriplaBookという予約システムを提供しました。OTAに支払う手数料は会社によって異なりますが、15〜25%程は取られるのが通常です。それに比べてtriplaBookでは、月額制(部屋数に応じて10,000円〜)に加え、集客を伸ばすサービスを提供しており、閾値(既存予約システムでの過去1年間の宿泊実績数)を超えた場合に従量課金制3%という手数料をいただくビジネスモデルを展開しています。
(OTA・・・国内では楽天トラベル、一休.com、るるぶなど、海外ではExpedia、Booking.com、Agodaなどが有名。)
柴田:創業されたきっかけは?
鳥生:BBT大学院での「卒業研究」(註1)が大きなきっかけになりました。もともと起業に対するモチベーションがあったわけではなく、BBT大学院には当時の勤務先でのキャリアアップを目指して入りました。授業を通じて様々なビジネスモデルを学び、「卒業研究」で起業の計画をしたことがターニングポイントになりましたね。起業の準備というものは闇雲にされがちな部分なのですが、「卒業研究」で必要なことを体系的に学ぶことができました。
柴田:多くの方が起業をしたいけど、実際は「失敗が怖い」と言いますよね。当時、怖いとか不安という思いはありませんでしたか?
鳥生:不安がない、と言ったら嘘になりますが、人生を終わりにするようなリスクを追うことはないと考えていました。失うとしたら自分が出資した資金のみで、そこから得た経験は残るので、失うもの以上の価値があると考えていましたね。起業時は800万円という資本金を投下しましたが、海外のMBAに行くよりも安く、起業することでしか得られない深い経験があります。不安よりも期待を込めてチャレンジしたことを覚えていますね。
柴田:周囲で起業したことがある方はいましたか?
鳥生:はい、起業する前から周りに起業家がたくさんいて「なんでやらないの?」と言われていました。「リスクはない。経験しかない。」という意見が多かったです。実際にやってみてそうだと思いましたね。倒産しかけたこともありますが、どうしたら抜け出せるかという解決策を必死で考え抜きました。会社勤めをしていたら、絶対にできない経験だったと思うので、振り返ってみると非常につらかったですが、今に繋がっている良い経験でしたね。
編集者註
註1)「卒業研究」:2年次に取り組む必修科目。およそ1年かけ、経験豊富な担当教員との面談を交えながら、実戦で価値を生む新規事業計画を立案するカリキュラム。
柴田:入学時はBBT大学院に入るべきかどうか迷いましたか?
鳥生:当時からBBT大学院という選択肢を選ぶことにはブレがなくて、「ここでしっかり学べる」という自信がありました。迷いはなかったです。当時はエンジニアとして日本コカ・コーラ社にいましたが、マネジメントレベルの方と話す機会が増えるなかで、ビジネス経験が足りないと感じる場面が増え、「ビジネスを学びたい」と思いました。大前学長の書籍はかなり読んでいたこともあり、大前学長のビジネススクールで、かつオンラインで「やらない理由はない」と考えていました。海外のMBAも考えましたが、その場合、2年間100%学業に専念しなければならず、それは厳しいと思いました。というのも、私は「学び」というものは「インプットしたことをアウトプットしていく、という過程を高速に繰り返していくことが非常に重要であり、かつそうしなければ身に付かない」と思っていたんです。いろいろ調べた中で、仕事をしながら短期的にMBAが学べる環境として、迷いなくBBT大学院を選びました。5年後に振り返っても、同じことを言うと思いますね。
柴田:BBT大学院での学びは他のMBAと比べるとより実践的であり、教員も経営者であったり、経営者に対してコンサルティングをしている教員であったりと、アカデミックな領域だけでなく実務に役立つことを学べるという点が特長です。実際に学び、起業してみて役に立ったことは何ですか?
鳥生:一番役に立っているのは、問題発見・解決フレームワークの「PSA(Problem Solving Approach)」ですね。その他の科目も全て役に立っています。特にRTOCS(Real Time Online Case Study)(註2)では、さまざまな科目で学んだことを日々総動員させて毎週取り組んでいきますよね。この繰り返しがあったことが非常に良い経験になりました。大前学長が仰る通り、ビジネスには答えがあるわけでないので、実際には答えがない事に対して自分なりのソリューションを出していく力が必要になります。これを2年間繰り返し行ったことで、自分自身の意思決定のスピードが格段に上がりました。この経験があるから今があると感じますね。
(PSA(Problem Solving Approach)の3ステップ)
編集者註
註2)「RTOCS(アールトックス)」:「Real Time Online Case Study」の略称で、BBT独自のケースメソッド。答えの出ていない「現在進行形の企業課題」をケースとして扱い、当該企業に関する調査・分析・戦略考案を自ら実施。大前研一学長の戦略系科目において、卒業までに2年間毎週1題=合計約100題を繰り返し行う。
柴田:スタートアップは資金繰りが生命線になるため、メインの事業だけに注力できず、ファイナンスなどで時間を取られがちですよね。場合によってはそのまま倒産するということもあり得ると思いますが、そのような苦労はありましたか?
鳥生:実はかなり苦労しました。最初の困難は創業後すぐにありましたが、ビジネスが上手くいかず、資金がショートしてしまいました。1年間継続しましたが、預金残高10万円まできて、転職活動も考えましたね。なんとかうまく資金調達して乗り越えました。2回目はビジネスが拡大して程なくした頃、請負開発をして稼いでいたのですが、予定していた案件が失注して「従業員の給料も払えないのではないか」という状態に陥り、再度資金がショートしました。3回目は新型コロナウイルスによる影響ですね。旅行業はコロナのインパクトを受けた代表的な業種でして、我々はチャットボットが一番大きい稼ぎ頭で、かつ外国人観光客が主な利用者でしたので、観光客激減で当然売上も激減して、非常に苦しい時がありました。
柴田:経営者は孤独である、とよく言いますが、孤独な上に苦境に向き合わなければならない場面で、平常心を保つ秘訣はありますか?また、ビジネスを取り巻く環境は常に追い風が吹いているわけではなく、北風が吹く時もあり、そうした外部環境が望ましくない状況で弱気になることはありませんでしたか?
鳥生:起業は1人でしましたが、今の共同代表である高橋との出会いがあったため、ともに同じ目線で課題に取り組めて支えとなりましたし、恵まれていると思いますね。仮に1人でもメンタルは強い方なので、できるところまでやって失敗しても仕方がない、再就職しようと思っていました。つらい部分はあるものの、「絶対に乗り越える」と思えるタイプなんですよね。
柴田:ベンチャー企業にして20か国以上の多国籍従業員をもつ御社は、どのようにコミュニケーションを取っているのですか?
鳥生:リモート環境で仕事をすることになった際、テキストベースのコミュニケーションが鍵になると思い、早い段階でチャットツールなどを導入してきましたね。私が最初に就職したのは日本オラクルというデータベースやERPを扱う外資系企業で、その後も日本コカ・コーラ、アマゾンと、外資系かつインターネット環境下で外国人とのコミュニケーションが必須な企業で働いてきたので、もともと「どのように伝えればうまく関係性を構築できるか、うまくビジネスをまわしていけるか」という勘所はありました。そこは自分の強みだったと思います。
柴田:BBT大学院で採用しているディスカッション方式はテキストディスカッション(註3)というもので、AirCampus®︎(註4)というオンラインプラットフォーム上でテキストや図表・グラフィックを用いて議論を展開しますが、この環境が外資系企業でのご経験と相まって、コミュニケーションの取り方にも影響を与えたのではないでしょうか?
鳥生:そういう関係に慣れていないと、非常に大変な訓練が必要なのは確かですね。テキストベースでいかに分かりやすく伝えることができるか、主語述語目的語含め、相手がどう思うかを想定して、しっかりと文章を書くことが求められます。BBT大学院でのテキストディスカッションでは、その場の雰囲気で伝えるのではなく、言語を巧みに使って自分の考えを伝えるというテキストコミュニケーションの能力は非常に鍛えられましたね。そうした環境に自分自身が慣れていたとはいえ、ディスカッションで発言したことに反応がないと、「自分の伝え方が悪かったのかな」と感じることがあり、やはり学ぶことは多かったです。
(アウトプット力が格段に身につく「テキストディスカッション」)
編集者註
註3)テキストディスカッション:BBT大学院ではアウトプットの量・質ともに格段に高められるよう口頭のディスカッションではなくテキスト(文字)でのディスカッションを採用している。
註4)AirCampus®︎:映像授業を視聴したり、議論や情報の共有を行なったりすることが可能なプラットフォーム。
柴田:今後はインバウンド増が見込まれますが、事業展開など、どのように考えていますか?
鳥生:国内シェアはまだ小さいのでこれからさらに伸ばしていき、宿泊施設が抱える課題へのソリューションをよりしっかりと浸透させることを重要と考えています。一方、海外展開も視野に入れています。海外も日本の施設と同じような課題を持っており、そのソリューションをまとめて提供している企業はまだ少ないので、アジアパシフィックを中心にビジネス展開をしていきたいですね。
柴田:ビジネスにおいて一番大事な要素は何だとお考えですか?
鳥生:お客様の声を聞いて、課題解決をすることが一番大事な要素ですね。スタートアップのよくあるミステイクとして、自分がやりたいサービスを出したもののそれが市場のニーズに合わず、資金がショートしてしまう傾向がありますね。一番大事なことはお客様の声を聞いて、その課題解決の対価としてお金をいただく、これがビジネスの根幹であると考えます。そこは絶対に見失ってはいけません。また、いかにスピードをもって対処できるかも重要なので、エンジニアリング組織をしっかり創っていくことも鍵になります。
柴田:日本はDXの立ち遅れが指摘されていますが、コロナ禍で他国との違いが浮き彫りになりつつありますね。日本国内の伝統業界をDXするにあたり、優秀な人材の確保・育成は極めて重要だと思います。御社ではまず人材の確保についてはどのようなことをされていますか?
鳥生:基本的に採用は最初からグローバルに目を向けています。人口比率から言って、世界の人口の70億人と日本の1.2億人では、圧倒的に比率が異なり、リーチできるエンジニア層が違います。社内においては、エンジニアリングチームは英語オンリーで人材確保をしています。海外のエージェントやLinkedInなどを使って世界中から採用をかけているというのが人材獲得の戦略です。現在、弊社は日本と台湾に拠点があり雇用をしていますが、ベトナムにも拠点があって、業務委託契約という雇用形態となっています。また、EOR(Employer Of Record)も活用しています。採用する現地のコンプライアンス(法令)を守りながら、採用や給料など人事周りを請け負ってくれる会社があるので、世界中で採用することができ、今後も積極的に推進していく予定です。
(EOR・・・Employer Of Record:企業の海外雇用を代理するサービス)
柴田:育成の方はいかがでしょうか?
鳥生:エンジニアをうまくリテンション(人材の流出を防止するための施策)していくようにしています。定期的にコミュニケ―ションを取り、報酬を含め明確にゴール設定をして、ギャップがあればどのようにその穴埋めをしていくのかを話し合っておくことがポイントです。お互いの目指すゴールにズレがないようにする手法については、これまでの外資系企業に勤めていた時代からやってきたことを踏襲しています。
柴田:まさしく日本は新型コロナウイルスの影響でジョブ型雇用を実践しようとしていますが、御社はすでにそれを導入していたのですね?
鳥生:その方が成長するために必要なことが何なのか明確に分かり、どのようなアドバイスをマネージャーからもらえば良いかという意識もできて、結果的に会社の成長のためにもなります。
柴田:日本人のエンジニアと、経済的に発展途上である国々のエンジニアとでペルソナや特長などの違いはありますか?
鳥生:残念ながら、当社には日本人エンジニアはいなく、比較対象がありません。日本人エンジニアの採用もかけていましたがバイリンガルで戦える方は少なく、仮にいたとしてもGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)にいってしまうため、ベース給料が高くスタートアップでは採用できないんですね。バイリンガル人材の少なさを感じているので、海外で活躍したい日本人エンジニアがいたら、非常に引く手あまたですね。台湾にはバイリンガルなエンジニアがたくさんいて、当たり前のように英語が使える。エンジニアに限りませんが。
柴田:御社ではドキュメントも英語ですか?
鳥生:ドキュメントもチャットもすべて英語です。
柴田:顧客である国内の旅行業関係者は日本語ネイティブで、エンジニアが英語話者だとすると、その架け橋はどうしているのでしょうか?
鳥生:プロダクトマネージャーという製品に責任を持つ立場の者がおり、そこはバイリンガルの日本人や日本語が話せる外国人の者を採用しています。その者たちが、お客様から直接ヒアリングした内容をソリューションに変えていく、という役割を担っています。
柴田:今後、競争力を上げていくためには何が重要でしょうか?
鳥生:競争力を上げていく、つまり生産性を上げていくには、いかにデジタルの力を使って、繰り返しの作業をオートメーション(自動化)していけるかが大事だと考えています。使えるものは積極的に使う、というスタンスです。開発面も同じで、ゼロから開発していてはスピードが間に合わず、ビジネスニーズにいち早く応えられないので、必要な技術は外部から積極的に取り入れるようにしています。プラットフォームを提供している企業も多数あるので、それらをいかにビジネスに活かしていくか、社内であれば業務効率化を進めていくかが、競争力をあげる上では非常に大事ですね。
柴田:鳥生さんのように起業してみたいと考えてMBAの取得を検討されている方に向けて、ご自身の経験を踏まえてメッセージをお願いします。
鳥生:起業をしてから上場するまで7年7か月、失敗の繰り返しでしたし、これから多くの困難が待ち受けていると思いますが、それらを乗り越える「武器」をもつことが重要です。私はBBT大学院で問題解決のフレームワークを繰り返しトレーニングしたことが「武器」となりました。起業にせよ、社内でのキャリアアップにせよ、武器があれば自分が望んだキャリアプランを実現することができるので、早い段階で自己投資だと思ってやるべきですね。悩んでいる方がいたら強く勧めたいです。
柴田:アルムナイ(修了生)の方々へもメッセージをお願いします。
鳥生:ビジネスにおいてBBT大学院で学んだことを活かしてきたので、今後は何かしらの貢献をしていきたいと考えています。起業にチャレンジしたい方がいれば支援する活動を積極的にしたいですね。
New York University卒業後、日本オラクル、日本コカ・コーラ、アマゾンジャパンを経て、2015年4月にtripla株式会社を創業し、代表取締役に就任。
基幹システムから分析基盤構築、ウェブ開発など、多岐に渡るサービスの企画から開発を指揮した経験をもとに起業し、現在に至る。
2022年には東証グロース市場へのIPOを果たし、更なる成長を目指す。
2012年BBT大学院修了。
2012年3月にBBT大学院を修了した鳥生 格(とりう・かく)さんにお話をお伺いします。鳥生さんは修了後に宿泊業界向けデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)サービスを提供するtripla(トリプラ)株式会社を創業し、現在は代表取締役CTOとしてご活躍されています。2022年11月には東証グロース市場に上場も果たされました。今回の対談ではBBT大学院時代のエピソードはもちろん、起業の経緯、さらに宿泊業界に大打撃を与えた新型コロナウイルスの影響をどう乗り切ったか等、さまざまなお話をお伺いします。インタビュアーは株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役の柴田巌が務めます。
※こちらの記事はYouTube「Aoba-BBT ビジネスチャンネル」にてにて公開予定の対談映像を特別に記事化したものです。
柴田: 鳥生さんはBBT大学院を2012年に修了後、tripla株式会社を創業。2022年11月25日に、東証グロース市場に上場されています。BBT大学院で学んだことや創業に至るまでのエピソード、triplaさんの事業、また新型コロナウイルスの流行で経営環境が激変した中、今日に至るまでのことを伺います。さて、triplaは、主に宿泊業界の抱えている課題をデジタルの力で解決するDXの支援をしている会社ですね。社名の由来はTRIPとPLANを組み合わせたからだとか。事業概要についてお聞かせいただけますか。
鳥生:弊社ではAIチャットボットとホテル・旅館向け予約エンジンを提供しています。2014年の創業当時、外国から訪日観光客が多く訪れていて、宿泊業界ではそのハンドリングに困っていたという事態がありつつも、「人を雇えない」という問題が起きていました。そこでtriplaBotというチャットボットを提供したところマーケットニーズに合致してビジネスが拡大していったんですね。
柴田:タイムリーでしたね。
鳥生:はい、まさに。さらにお客様に「他に大きな課題はないか」と聞いたところ、宿泊施設は、OTA(Online Travel Agency)というインターネットのみで取引を行う旅行会社への支払手数料が非常に大きく、収益を圧迫していることが分かったんです。それに対するソリューションをほぼどの企業も持ち合わせていなかったため、メスを入れようということでtriplaBookという予約システムを提供しました。OTAに支払う手数料は会社によって異なりますが、15〜25%程は取られるのが通常です。それに比べてtriplaBookでは、月額制(部屋数に応じて10,000円〜)に加え、集客を伸ばすサービスを提供しており、閾値(既存予約システムでの過去1年間の宿泊実績数)を超えた場合に従量課金制3%という手数料をいただくビジネスモデルを展開しています。
(OTA・・・国内では楽天トラベル、一休.com、るるぶなど、海外ではExpedia、Booking.com、Agodaなどが有名。)
柴田:創業されたきっかけは?
鳥生:BBT大学院での「卒業研究」(註1)が大きなきっかけになりました。もともと起業に対するモチベーションがあったわけではなく、BBT大学院には当時の勤務先でのキャリアアップを目指して入りました。授業を通じて様々なビジネスモデルを学び、「卒業研究」で起業の計画をしたことがターニングポイントになりましたね。起業の準備というものは闇雲にされがちな部分なのですが、「卒業研究」で必要なことを体系的に学ぶことができました。
柴田:多くの方が起業をしたいけど、実際は「失敗が怖い」と言いますよね。当時、怖いとか不安という思いはありませんでしたか?
鳥生:不安がない、と言ったら嘘になりますが、人生を終わりにするようなリスクを追うことはないと考えていました。失うとしたら自分が出資した資金のみで、そこから得た経験は残るので、失うもの以上の価値があると考えていましたね。起業時は800万円という資本金を投下しましたが、海外のMBAに行くよりも安く、起業することでしか得られない深い経験があります。不安よりも期待を込めてチャレンジしたことを覚えていますね。
柴田:周囲で起業したことがある方はいましたか?
鳥生:はい、起業する前から周りに起業家がたくさんいて「なんでやらないの?」と言われていました。「リスクはない。経験しかない。」という意見が多かったです。実際にやってみてそうだと思いましたね。倒産しかけたこともありますが、どうしたら抜け出せるかという解決策を必死で考え抜きました。会社勤めをしていたら、絶対にできない経験だったと思うので、振り返ってみると非常につらかったですが、今に繋がっている良い経験でしたね。
編集者註
註1)「卒業研究」:2年次に取り組む必修科目。およそ1年かけ、経験豊富な担当教員との面談を交えながら、実戦で価値を生む新規事業計画を立案するカリキュラム。
柴田:入学時はBBT大学院に入るべきかどうか迷いましたか?
鳥生:当時からBBT大学院という選択肢を選ぶことにはブレがなくて、「ここでしっかり学べる」という自信がありました。迷いはなかったです。当時はエンジニアとして日本コカ・コーラ社にいましたが、マネジメントレベルの方と話す機会が増えるなかで、ビジネス経験が足りないと感じる場面が増え、「ビジネスを学びたい」と思いました。大前学長の書籍はかなり読んでいたこともあり、大前学長のビジネススクールで、かつオンラインで「やらない理由はない」と考えていました。海外のMBAも考えましたが、その場合、2年間100%学業に専念しなければならず、それは厳しいと思いました。というのも、私は「学び」というものは「インプットしたことをアウトプットしていく、という過程を高速に繰り返していくことが非常に重要であり、かつそうしなければ身に付かない」と思っていたんです。いろいろ調べた中で、仕事をしながら短期的にMBAが学べる環境として、迷いなくBBT大学院を選びました。5年後に振り返っても、同じことを言うと思いますね。
柴田:BBT大学院での学びは他のMBAと比べるとより実践的であり、教員も経営者であったり、経営者に対してコンサルティングをしている教員であったりと、アカデミックな領域だけでなく実務に役立つことを学べるという点が特長です。実際に学び、起業してみて役に立ったことは何ですか?
鳥生:一番役に立っているのは、問題発見・解決フレームワークの「PSA(Problem Solving Approach)」ですね。その他の科目も全て役に立っています。特にRTOCS(Real Time Online Case Study)(註2)では、さまざまな科目で学んだことを日々総動員させて毎週取り組んでいきますよね。この繰り返しがあったことが非常に良い経験になりました。大前学長が仰る通り、ビジネスには答えがあるわけでないので、実際には答えがない事に対して自分なりのソリューションを出していく力が必要になります。これを2年間繰り返し行ったことで、自分自身の意思決定のスピードが格段に上がりました。この経験があるから今があると感じますね。
(PSA(Problem Solving Approach)の3ステップ)
編集者註
註2)「RTOCS(アールトックス)」:「Real Time Online Case Study」の略称で、BBT独自のケースメソッド。答えの出ていない「現在進行形の企業課題」をケースとして扱い、当該企業に関する調査・分析・戦略考案を自ら実施。大前研一学長の戦略系科目において、卒業までに2年間毎週1題=合計約100題を繰り返し行う。
柴田:スタートアップは資金繰りが生命線になるため、メインの事業だけに注力できず、ファイナンスなどで時間を取られがちですよね。場合によってはそのまま倒産するということもあり得ると思いますが、そのような苦労はありましたか?
鳥生:実はかなり苦労しました。最初の困難は創業後すぐにありましたが、ビジネスが上手くいかず、資金がショートしてしまいました。1年間継続しましたが、預金残高10万円まできて、転職活動も考えましたね。なんとかうまく資金調達して乗り越えました。2回目はビジネスが拡大して程なくした頃、請負開発をして稼いでいたのですが、予定していた案件が失注して「従業員の給料も払えないのではないか」という状態に陥り、再度資金がショートしました。3回目は新型コロナウイルスによる影響ですね。旅行業はコロナのインパクトを受けた代表的な業種でして、我々はチャットボットが一番大きい稼ぎ頭で、かつ外国人観光客が主な利用者でしたので、観光客激減で当然売上も激減して、非常に苦しい時がありました。
柴田:経営者は孤独である、とよく言いますが、孤独な上に苦境に向き合わなければならない場面で、平常心を保つ秘訣はありますか?また、ビジネスを取り巻く環境は常に追い風が吹いているわけではなく、北風が吹く時もあり、そうした外部環境が望ましくない状況で弱気になることはありませんでしたか?
鳥生:起業は1人でしましたが、今の共同代表である高橋との出会いがあったため、ともに同じ目線で課題に取り組めて支えとなりましたし、恵まれていると思いますね。仮に1人でもメンタルは強い方なので、できるところまでやって失敗しても仕方がない、再就職しようと思っていました。つらい部分はあるものの、「絶対に乗り越える」と思えるタイプなんですよね。
柴田:ベンチャー企業にして20か国以上の多国籍従業員をもつ御社は、どのようにコミュニケーションを取っているのですか?
鳥生:リモート環境で仕事をすることになった際、テキストベースのコミュニケーションが鍵になると思い、早い段階でチャットツールなどを導入してきましたね。私が最初に就職したのは日本オラクルというデータベースやERPを扱う外資系企業で、その後も日本コカ・コーラ、アマゾンと、外資系かつインターネット環境下で外国人とのコミュニケーションが必須な企業で働いてきたので、もともと「どのように伝えればうまく関係性を構築できるか、うまくビジネスをまわしていけるか」という勘所はありました。そこは自分の強みだったと思います。
柴田:BBT大学院で採用しているディスカッション方式はテキストディスカッション(註3)というもので、AirCampus®︎(註4)というオンラインプラットフォーム上でテキストや図表・グラフィックを用いて議論を展開しますが、この環境が外資系企業でのご経験と相まって、コミュニケーションの取り方にも影響を与えたのではないでしょうか?
鳥生:そういう関係に慣れていないと、非常に大変な訓練が必要なのは確かですね。テキストベースでいかに分かりやすく伝えることができるか、主語述語目的語含め、相手がどう思うかを想定して、しっかりと文章を書くことが求められます。BBT大学院でのテキストディスカッションでは、その場の雰囲気で伝えるのではなく、言語を巧みに使って自分の考えを伝えるというテキストコミュニケーションの能力は非常に鍛えられましたね。そうした環境に自分自身が慣れていたとはいえ、ディスカッションで発言したことに反応がないと、「自分の伝え方が悪かったのかな」と感じることがあり、やはり学ぶことは多かったです。
(アウトプット力が格段に身につく「テキストディスカッション」)
編集者註
註3)テキストディスカッション:BBT大学院ではアウトプットの量・質ともに格段に高められるよう口頭のディスカッションではなくテキスト(文字)でのディスカッションを採用している。
註4)AirCampus®︎:映像授業を視聴したり、議論や情報の共有を行なったりすることが可能なプラットフォーム。
柴田:今後はインバウンド増が見込まれますが、事業展開など、どのように考えていますか?
鳥生:国内シェアはまだ小さいのでこれからさらに伸ばしていき、宿泊施設が抱える課題へのソリューションをよりしっかりと浸透させることを重要と考えています。一方、海外展開も視野に入れています。海外も日本の施設と同じような課題を持っており、そのソリューションをまとめて提供している企業はまだ少ないので、アジアパシフィックを中心にビジネス展開をしていきたいですね。
柴田:ビジネスにおいて一番大事な要素は何だとお考えですか?
鳥生:お客様の声を聞いて、課題解決をすることが一番大事な要素ですね。スタートアップのよくあるミステイクとして、自分がやりたいサービスを出したもののそれが市場のニーズに合わず、資金がショートしてしまう傾向がありますね。一番大事なことはお客様の声を聞いて、その課題解決の対価としてお金をいただく、これがビジネスの根幹であると考えます。そこは絶対に見失ってはいけません。また、いかにスピードをもって対処できるかも重要なので、エンジニアリング組織をしっかり創っていくことも鍵になります。
柴田:日本はDXの立ち遅れが指摘されていますが、コロナ禍で他国との違いが浮き彫りになりつつありますね。日本国内の伝統業界をDXするにあたり、優秀な人材の確保・育成は極めて重要だと思います。御社ではまず人材の確保についてはどのようなことをされていますか?
鳥生:基本的に採用は最初からグローバルに目を向けています。人口比率から言って、世界の人口の70億人と日本の1.2億人では、圧倒的に比率が異なり、リーチできるエンジニア層が違います。社内においては、エンジニアリングチームは英語オンリーで人材確保をしています。海外のエージェントやLinkedInなどを使って世界中から採用をかけているというのが人材獲得の戦略です。現在、弊社は日本と台湾に拠点があり雇用をしていますが、ベトナムにも拠点があって、業務委託契約という雇用形態となっています。また、EOR(Employer Of Record)も活用しています。採用する現地のコンプライアンス(法令)を守りながら、採用や給料など人事周りを請け負ってくれる会社があるので、世界中で採用することができ、今後も積極的に推進していく予定です。
(EOR・・・Employer Of Record:企業の海外雇用を代理するサービス)
柴田:育成の方はいかがでしょうか?
鳥生:エンジニアをうまくリテンション(人材の流出を防止するための施策)していくようにしています。定期的にコミュニケ―ションを取り、報酬を含め明確にゴール設定をして、ギャップがあればどのようにその穴埋めをしていくのかを話し合っておくことがポイントです。お互いの目指すゴールにズレがないようにする手法については、これまでの外資系企業に勤めていた時代からやってきたことを踏襲しています。
柴田:まさしく日本は新型コロナウイルスの影響でジョブ型雇用を実践しようとしていますが、御社はすでにそれを導入していたのですね?
鳥生:その方が成長するために必要なことが何なのか明確に分かり、どのようなアドバイスをマネージャーからもらえば良いかという意識もできて、結果的に会社の成長のためにもなります。
柴田:日本人のエンジニアと、経済的に発展途上である国々のエンジニアとでペルソナや特長などの違いはありますか?
鳥生:残念ながら、当社には日本人エンジニアはいなく、比較対象がありません。日本人エンジニアの採用もかけていましたがバイリンガルで戦える方は少なく、仮にいたとしてもGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)にいってしまうため、ベース給料が高くスタートアップでは採用できないんですね。バイリンガル人材の少なさを感じているので、海外で活躍したい日本人エンジニアがいたら、非常に引く手あまたですね。台湾にはバイリンガルなエンジニアがたくさんいて、当たり前のように英語が使える。エンジニアに限りませんが。
柴田:御社ではドキュメントも英語ですか?
鳥生:ドキュメントもチャットもすべて英語です。
柴田:顧客である国内の旅行業関係者は日本語ネイティブで、エンジニアが英語話者だとすると、その架け橋はどうしているのでしょうか?
鳥生:プロダクトマネージャーという製品に責任を持つ立場の者がおり、そこはバイリンガルの日本人や日本語が話せる外国人の者を採用しています。その者たちが、お客様から直接ヒアリングした内容をソリューションに変えていく、という役割を担っています。
柴田:今後、競争力を上げていくためには何が重要でしょうか?
鳥生:競争力を上げていく、つまり生産性を上げていくには、いかにデジタルの力を使って、繰り返しの作業をオートメーション(自動化)していけるかが大事だと考えています。使えるものは積極的に使う、というスタンスです。開発面も同じで、ゼロから開発していてはスピードが間に合わず、ビジネスニーズにいち早く応えられないので、必要な技術は外部から積極的に取り入れるようにしています。プラットフォームを提供している企業も多数あるので、それらをいかにビジネスに活かしていくか、社内であれば業務効率化を進めていくかが、競争力をあげる上では非常に大事ですね。
柴田:鳥生さんのように起業してみたいと考えてMBAの取得を検討されている方に向けて、ご自身の経験を踏まえてメッセージをお願いします。
鳥生:起業をしてから上場するまで7年7か月、失敗の繰り返しでしたし、これから多くの困難が待ち受けていると思いますが、それらを乗り越える「武器」をもつことが重要です。私はBBT大学院で問題解決のフレームワークを繰り返しトレーニングしたことが「武器」となりました。起業にせよ、社内でのキャリアアップにせよ、武器があれば自分が望んだキャリアプランを実現することができるので、早い段階で自己投資だと思ってやるべきですね。悩んでいる方がいたら強く勧めたいです。
柴田:アルムナイ(修了生)の方々へもメッセージをお願いします。
鳥生:ビジネスにおいてBBT大学院で学んだことを活かしてきたので、今後は何かしらの貢献をしていきたいと考えています。起業にチャレンジしたい方がいれば支援する活動を積極的にしたいですね。
New York University卒業後、日本オラクル、日本コカ・コーラ、アマゾンジャパンを経て、2015年4月にtripla株式会社を創業し、代表取締役に就任。
基幹システムから分析基盤構築、ウェブ開発など、多岐に渡るサービスの企画から開発を指揮した経験をもとに起業し、現在に至る。
2022年には東証グロース市場へのIPOを果たし、更なる成長を目指す。
2012年BBT大学院修了。