キユーピー株式会社にて数年間タイに赴任し、BBT大学院のオンラインMBAで学びながらも生産全体のサポート任務を全うした、修了生の中さん。 ここでは、日本とは異なる海外・異文化環境において直面した「成長組織だからこその課題」と、その解決の考え方について紹介します。 認識した課題をどのように構造化して具体的なアプローチを取っていったのか? 当時のタイでの出来事を振り返りつつ中さんにお話しを伺いました。

修了生プロフィール

中 努 さん
キユーピー株式会社 生産本部 油脂部
大学卒業後、株式会社キユーピーに入社。国内で調味料の製造と品質保証を担当した後に海外赴任(タイ)を経験。現在は国内勤務に戻り、マヨネーズの生産にかかせない油脂の購買を担当中。
「食を通じて世の中に貢献したい」というモットーに沿い、日々業務と学びに勤しんでいる。プライベートでは3児の父であり、BBT大学院の学長科目のティーチング・アシスタントでもある。

CASE1 組織変革とパフォーマンス改善にむけて

垣根を越えて全体俯瞰の視点で考えることの大切さを身にしみて感じた

私は2005年にキユーピーに入社後、国内工場とタイにあるグループの現地法人での勤務を経て、2016年に帰国しました。現在は、本社で商品の原料となる油脂の購買を担当しています。

キユーピーを象徴する商品であるマヨネーズは、約7割が油です。したがって、油はマヨネーズにとって非常に大切な原料となります。私の業務は、主にメーカー様・商社様などと商談をし、植物油の購買を行うことです。刻々と変化する市況を見ながら購買の意思決定をする今の業務は、責任が重大であるとともに、やりがいも感じられます。よい意思決定ができるよう、自分自身しっかりと世の中の動きをみるよう心がけています。

さて、先に自己紹介したとおり今は国内にて勤務していますが、以前は数年間タイ(キユーピータイランド)に赴任していました。タイでは商品の生産全体をサポートするという任務を担当しており、現場と経営の橋渡しとして駆け回っていました。たとえば、既存の事業をどうマネージするか?新しいプロジェクトをどう立ち上げるか?生産現場の効率をどう改善するか?など、様々な切り口から動いていましたね。

生産に加え、技術や経理、購買、総務、人事、R&D、そして営業など様々なセクションがある中で、特に生産に関わる人数の割合は大きかったです。だからといって生産だけを見ていても全体として出来ることは限られてしまうので、バリューチェーンの視点を意識して関連度の高い他のセクションを巻き込むことを大切にしていました。中でも顧客のフロントに立つ営業の巻き込みは重要です。

そういう意味で、本当にBBTで学んだことを活かすことが出来たと思います。BBTの受講生は問題解決思考の授業やRTOCS(Real Time Online Case Study)に取り組むことで「経営者の立場で物事を考える」癖が嫌でも身につきます。その癖があったからこそ、生産という殻の中だけで思考するのではなく、経営の観点から業務に当たれたのだと思います。その過程では本当に様々な気づきがありました。「あ、全体を俯瞰してみるってこういうことなのか」と…。キユーピータイランドへの赴任は、私の中で大きな経験値になったと振り返ります。

そこで、この記事においてはタイでの様々な改善活動の中でとても重要なアプローチとなった「見える化」に関するお話しができればと思います。

現場と経営の間で頻発していたコンフリクトの正体とは?

さて、タイの現地法人での活動を通じて徐々に気づいてきたのが、摩擦(コンフリクト)がいたるところで起きていたということです。現場と経営でうまくコミュニケーションが取れていない、すなわちお互い意思疎通が充分にできていない様子がうかがえました。それにより全体としてパフォーマンスが低下しており、この状況が長期化すると業績への影響につながりかねないと感じ、対処すべき課題として意識するようになりました。

では、この摩擦現象はなぜ起こっていたのか?それぞれの言い分をヒアリングしたり、いつからこのような状況になったかを調べたりしていくうちに、これは企業成長の過程における特有の現象だと気づきました。例えばそれを説明する理論として、グレイナーの企業成長モデルという考え方があります。

課題解決にむけた「見える化」の徹底

まずはコンフリクトに伴い出てくる「様々な意見」を整理してまとめ上げることからスタートしました。現場にはこういう考えがある、問題がある、こうすべきだという意見がある…。一方で経営はこう考えている、こういうリクエストがある…。それらを1枚の絵に書き起こすことでお互いが具体的に何を思っているかを言葉として理解できるようにしました。たとえば以下の図のイメージです。

また、この絵を描く際に気をつけることとして単純に意見を整理するだけでなく、整理事項から共通の目標を導き出すことが重要です。そうでないと「なんとなく分かったけどそれで?」となってしまいますよね。何を達成すればよいのか?何を問題として認識すればよいのか?向かうべき先の共通認識をとり、その認識をベースにすべてを考えてもらうように働きかけていくのです。まずはこういった形でコンセンサスをとっていくことが、以降のプロセスにおいて大切だと思っています。

さて、コンセンサスが取れてきた次にすることとして、JD(ジョブディスクリプション)の作成が挙げられます。目的は権限委譲型組織への移行なので、あらためて新体制におけるリーダーや現場スタッフが何をすべきか?何のために存在するか?を言語化したのです。これは、例えば以下の図として描くことができます。

JDを明確にして各担当に承認を得ることで、権限委譲化を更にドライブさせることができます。トップとしても誰が何をやっているかが理解できるため安心できますし、現場サイドとしてもJDベースで動くことができるので、自分のやるべきことや担当領域がよりハッキリします。よって、お互いがお互いの職務と方向性を理解でき、これまでのような消耗するだけのコンフリクトは減少します。

以上のような取り組みを通じて、次なる企業成長のステップに足を踏み入れるきっかけを徐々に作ることが出来ました。お互いがお互いのことをわかっている…、ある意味で当たり前なことかもしれませんが、組織状況によっては難しいことだと思います。このような場合は、単純にコミュニケーションの回数を増やすだけではなく、とにかく言語化・見える化を推進することが有効に働くかと思います。

CASE2 事業投資の最適化のために先ずすべきことは?

考える方向性を共有すると「良い意見」が出てくる

ここまでは組織を変えることによってパフォーマンス改善のベースを作っていった事例をお話ししました。次に、別の観点で改善を行った話しをします。これまでが「ヒト」の話であれば、今度は「モノ・カネ」の話です。

観点は違えども、やったことは基本的に「見える化」でした。端的にいうと今度はポートフォリオの「見える化」を行ったのです。まずは以下のチャートをご覧ください。


このチャートにおける軸でいうと、例えばA事業は売上高が大きく、かつ成長率も高いため優秀なビジネスとして評価できます。一方でC事業については継続的に成長していっているものの利益率は横ばいなので、成長度を保ちながらも利益を高めるにはどうしたらいいか?などと考えることができます。

このように各事業の成長トレンドを見える化することによって、状況に沿った事業運営の議論が可能となりました。これは次年度の戦略や投資の方向性をすり合わせる際にとても役に立ちました。

なお、すり合わせにおいては投資の考え方の再考を迫ることもありました。例えばA事業の投資判断をとっている課長とディスカッションをしていたときの話ですが、従来の方法論や純粋に”やりたいこと”ベースでの考えではなく、このポートフォリオの整理軸に基づいて考えてほしい…といった具合です。

これやあれをやりたいという想いはもちろん悪いことではありません。しかし、そのやりたいことと会社として向かうべき方向性をすり合わせることが大切ですよね。口で言うのではなくこのような1枚のチャートを使うことで、次第に自分たちがやりたいことと会社としてやるべきことの重複点を上手く見つけてくれるようになり、これまで以上に方向性を合わすことができました。

自社の現状をあらゆる観点で「見える化」していった

他にも、こんな見える化をしたこともあります。当時のキユーピータイランドは内向き志向の傾向が見られたので、外のことを皆で調べてきてウチの強みや弱みを明確にし、強いところをどう伸ばすか?弱いところをどうカバーするか?など議論したことがあります。先にお話しした投資判断や事業運営にあたっても、この強みと弱みの共通認識はもちろん重要です。ここの認識がずれていると、一貫性のある意思決定やアクションが出来なくなってしまいます。

また、現場の業務改善においても見える化を行いました。私は生産にどっぷり漬かっている人間だったので考えることができたのかもしれませんが、生産作業を単純にMECEで切り分けて「付加価値を創造するもの」「付加価値がないもの」などと分類する中で、自分たちの生産性の現状を示したことがあります。そうすると、だいたい3割-4割くらいしか付加価値を生み出してないことが分かりました。

付加価値を生み出すこととは何かと考えると、例えば車だったら、車の部品を溶接する瞬間がそれに当たると考えています。鉄と鉄がくっつく瞬間ですね。そんな風に作業の各要素を生産性の観点で整理していくと、全体像が徐々に判明してきます。そしてその上で、付加価値作業の割合を大きくするためにどう工程を変えるか?投資をするか?という前向きな議論も生まれるわけです。

さて、ここまで幾つかの観点から「見える化」のチップスに関する事例をお話ししました。いくら毎日一緒に顔をあわせて働いていたとしても、意外に共通認識は持てていなく、個人レベルで考えていることがずれてしまっているケースは珍しくないと思います。一方で共通認識をしっかり持つことはそれなりに労力と時間を要することでもあります。だからこそファクトに基づいて「見える化」する作業はとても重要です。

また、多様性の中で皆の思考の基準があれば、いつでもそこに立ち返ることができます。そもそも僕達ってどうしたかったんだっけ?どこに向かうべきなんだっけ?といった具合です。見えないものはマネージできないという言葉を聞いたことがありますが、まず自分なりの考えを絵に起こしてみて、関係者との議論を経て徐々に精緻化していくのが良いかと思います。

Interview1:学びを振り返って

BBTは変わった学校だと思う

一言でBBTという場を表現すると「何か新しいことにチャレンジしたい」「現状突破をしたい」と願う熱くて前向きな人たちが集まってくるところだと考えています。とは言っても自分の成長のことだけを考えている受講生は少なく、皆で頑張ろうよ!という利他的なスタンスの受講生が多いなと感じていますね。それはオンラインディスカッションや意見交換を通じて何となく分かってきます。

それと、MBAのディグリーだけが欲しくて入学している人はいないと思います。私の同期では「もう結構学んだしコネクションもできたし卒業しなくてもよいかな…」というやつがいるほどです(笑)。求めるものが学位ではなく、学びを通じた「体験」なんですよね。もちろん頑張った結果として学位をいただけるのはとても嬉しいですよ!これはどういう観点でMBAを捉えている人物が多いかという話です。そういった意味でBBTは変わった学校だなと思います。自分としてはとてもフィットしていましたね。

MBAの議論はディベートではなくディスカッションであるべき

当時の私は、実はディスカッションに苦手意識がありました。ディスカッションって何かを生み出す行為だと思うんですけど、どこかで勝ち負けを意識してしまっていたんですよね。自分の意見のみに集中していかにしてそれを「正解」たらしめるかという発想に囚われていたことがありました。そのためにこういう材料を準備して…、こう聞かれたらこのカードを切って…、というようなイメージです。

たぶん、ディスカッションというよりディベート(交渉)として捉えていたんだと思います。それと何となく、否定されたくないという心理もそこにはあったと思います。

それが徐々に、クラスメイトからもらえる色々な意見に「思考の広がり」を感じるようになっていきました。「あ、建設的な議論ってこういうことか」と。クラスは多様性にあふれていますので、一つずつの発言の背景や観点はとてもユニークです。それを理解できるようになっただけでなく、自分の「思考」に取り入れることが出来るようになっていったことで、世界が一気に広がりました。私の場合、ここまでくるのに1年ほどかかったと覚えています。

これはクラスメイトのお陰というのももちろんあるのですが、特にTA(ティーチング・アシスタント)の多田隈さんの存在が大きかったと思っています。議論のフィードバックにおいて「中さんは思い込みが強いよ」とずっと言われ続けていて、視点を高く上げたり要素分解をしたりすることなど、アドバイスをたくさんいただいてきました。

最初はやんわりしか言われなかったんですけど、あるときはっきり言葉として書かれたときに「ヤバイ…」と感じましたね。真剣に思考の癖を見直すきっかけになった出来事です。オンラインディスカッションはテキストベースで行われますので、すべての発言はログに残ります。よって強く指摘されたことはやっぱり印象にも強く残るんです。

こういった原体験もあって、キユーピータイランドで皆の意見をまとめたり、経営と現場をつないだりすることにオーナーシップを取れたのかもしれません。

「飢える少女」を助ける仕組みを作りたい

私はいつか食品事業における仕事として、アフリカ大陸に行きたいという夢があります。

高校1年生くらいのときにナショナル・ジオグラフィックを通じて、スーダンの飢餓を訴える「ハゲワシと少女」と呼ばれる写真を知りました。「飢えで骨と皮だけになりハエがたかっている少女が死ぬのをハゲワシが待っている」という構図です。

撮影者はケビン・カーターというジャーナリストで、その写真によってピューリッツァー賞を受賞しています。しかし、受賞により富と名声は手にしたものの「なぜ彼女にパンをあげなかったか?」という議論がまきおこり、世間から糾弾を受け続けた結果、カーター氏は自殺してしまうのです。

その写真とストーリーを知ったことは、私にとって衝撃的な体験となりました。自分にも何かできることはないのか?そんなことを悶々と考え続け、いつしか捻り出した答えが食品事業に携わるということでした。飢える現地の人たちが食べたいものを作り、それにより利益もしっかり出して持続可能な事業を自分で作りたいと今でも考えています。その意味で、今キユーピーで働いていることは意義があることなのです。

少女をなぜ助けなかったか?というカーター氏の論点に戻ると、仮にその場でパンをあげたとしても、その子は一日しか生きられなかったかもしれない。そういうその場限りの解決ではなく、仕組みとしてまわしていく本質的なアクションをとりたいという夢があるのです。

ちなみにアフリカ大陸というのは仮定としての話です。よってアフリカではなく他の地域でも良いのです。食べものに困っている誰かのために解決策となるアクションをとっていきたいと考えています。そして、それは慈善事業ではなく、あくまでビジネスとして行うことが重要です。よく大前学長は「ビジネスだけが世の中を変えることができる」と言っていました。ビジネスとしてしっかり利益をあげているからこそ次に投資することができ、よってより良い未来をつくれるという循環を作り出すことができます。

今はまだ具体的な計画は立てられていませんが、夢を夢で終わらせるつもりはありません。私の人生の「軸」として、しっかり温めていきたいです。

Interview2:周囲の評価
――学びを実務に活かしているMBAホルダーを見て


加藤英巳さん(タイ時代の上司) / キユーピー株式会社 生産本部 グループ生産プロジェクト 部長

BBT大学院での学びを通じて、リーダーとしての期待値が高まった

中さんが日本からぽんとタイに来たとき、本人にとって工場のラインに立つだけでなく、それ以外の実に様々な泥臭い仕事や新しいこともやらざるを得ない環境になったので、強いカルチャーショックを受けたのではないかと振り返ります。

カット野菜を販売しはじめたときの話なんて懐かしいですね。野菜を入荷すれば虫がたくさんついていてむちゃくちゃになっていたり、従業員同士で色んなもめごとがあったり…。そんな状況下に弱音を吐くこともあったのですが、それでも何とか自分をアジャストさせていき、変化に対してすごく柔軟でしたね。

それと、プライベートではバレーボールでアキレス腱をきったことも思い出されます。単身赴任なもんですから、入院先まで下着をもっていきましたよ(笑)。それだけ当時は毎日一緒に過ごしていました。

そんな中さんですが、BBT大学院での学びを通じて、リーダーとしての期待値が高まったと思っています。もともと使命感が強い資質なので、刺激的な学習体験によって更にドライブがかかったのではないでしょうか。これからどう波にのっていくのか、そして波を起こすのか、私自身とても楽しみにしています。

石倉教雄さん / キユーピー株式会社 生産本部 油脂部 課長

職務領域に留まらず、もっともっと会社の中枢を目指してほしい

中さんとは上司と部下という関係で一緒に仕事をしていますが、仕事ぶりを見ていて、とても期待が持てる人物だと思っています。まず、海外環境下で4年間仕事を全うしてきたこと、そして海外にいながらもMBAを通じて更に自分の可能性を発展させるために努力してきたことが、中さんならではのとてもユニークなストーリーです。そしてその経験は実績として高く評価されていますし、それらの事実から中さんの人柄や行動特性もはっきりと見えてきます。

いまの部署ではキユーピータイランドでの業務とは異なり、マヨネーズの素材となる植物油の購買担当として、それこそ1円を争うシビアかつ大きな意義を持つ仕事に取り組んでもらっています。大変なことではありますが、本人はオーナーシップが強く、会社にとって非常に重要な役割を担っているという自覚をしっかり持っています。これはとても頼もしいことです。

ただ中さんには、この購買という職務領域に留まるだけではなく、直属の上司の期待値として、もっともっと会社の中枢を目指してほしいと考えています。そしてリーダーとして更に大きく活躍してほしいと考えています。


キユーピー株式会社にて数年間タイに赴任し、BBT大学院のオンラインMBAで学びながらも生産全体のサポート任務を全うした、修了生の中さん。 ここでは、日本とは異なる海外・異文化環境において直面した「成長組織だからこその課題」と、その解決の考え方について紹介します。 認識した課題をどのように構造化して具体的なアプローチを取っていったのか? 当時のタイでの出来事を振り返りつつ中さんにお話しを伺いました。

修了生プロフィール

中 努 さん
キユーピー株式会社 生産本部 油脂部
大学卒業後、株式会社キユーピーに入社。国内で調味料の製造と品質保証を担当した後に海外赴任(タイ)を経験。現在は国内勤務に戻り、マヨネーズの生産にかかせない油脂の購買を担当中。
「食を通じて世の中に貢献したい」というモットーに沿い、日々業務と学びに勤しんでいる。プライベートでは3児の父であり、BBT大学院の学長科目のティーチング・アシスタントでもある。

CASE1 組織変革とパフォーマンス改善にむけて

垣根を越えて全体俯瞰の視点で考えることの大切さを身にしみて感じた

私は2005年にキユーピーに入社後、国内工場とタイにあるグループの現地法人での勤務を経て、2016年に帰国しました。現在は、本社で商品の原料となる油脂の購買を担当しています。

キユーピーを象徴する商品であるマヨネーズは、約7割が油です。したがって、油はマヨネーズにとって非常に大切な原料となります。私の業務は、主にメーカー様・商社様などと商談をし、植物油の購買を行うことです。刻々と変化する市況を見ながら購買の意思決定をする今の業務は、責任が重大であるとともに、やりがいも感じられます。よい意思決定ができるよう、自分自身しっかりと世の中の動きをみるよう心がけています。

さて、先に自己紹介したとおり今は国内にて勤務していますが、以前は数年間タイ(キユーピータイランド)に赴任していました。タイでは商品の生産全体をサポートするという任務を担当しており、現場と経営の橋渡しとして駆け回っていました。たとえば、既存の事業をどうマネージするか?新しいプロジェクトをどう立ち上げるか?生産現場の効率をどう改善するか?など、様々な切り口から動いていましたね。

生産に加え、技術や経理、購買、総務、人事、R&D、そして営業など様々なセクションがある中で、特に生産に関わる人数の割合は大きかったです。だからといって生産だけを見ていても全体として出来ることは限られてしまうので、バリューチェーンの視点を意識して関連度の高い他のセクションを巻き込むことを大切にしていました。中でも顧客のフロントに立つ営業の巻き込みは重要です。

そういう意味で、本当にBBTで学んだことを活かすことが出来たと思います。BBTの受講生は問題解決思考の授業やRTOCS(Real Time Online Case Study)に取り組むことで「経営者の立場で物事を考える」癖が嫌でも身につきます。その癖があったからこそ、生産という殻の中だけで思考するのではなく、経営の観点から業務に当たれたのだと思います。その過程では本当に様々な気づきがありました。「あ、全体を俯瞰してみるってこういうことなのか」と…。キユーピータイランドへの赴任は、私の中で大きな経験値になったと振り返ります。

そこで、この記事においてはタイでの様々な改善活動の中でとても重要なアプローチとなった「見える化」に関するお話しができればと思います。

現場と経営の間で頻発していたコンフリクトの正体とは?

さて、タイの現地法人での活動を通じて徐々に気づいてきたのが、摩擦(コンフリクト)がいたるところで起きていたということです。現場と経営でうまくコミュニケーションが取れていない、すなわちお互い意思疎通が充分にできていない様子がうかがえました。それにより全体としてパフォーマンスが低下しており、この状況が長期化すると業績への影響につながりかねないと感じ、対処すべき課題として意識するようになりました。

では、この摩擦現象はなぜ起こっていたのか?それぞれの言い分をヒアリングしたり、いつからこのような状況になったかを調べたりしていくうちに、これは企業成長の過程における特有の現象だと気づきました。例えばそれを説明する理論として、グレイナーの企業成長モデルという考え方があります。

課題解決にむけた「見える化」の徹底

まずはコンフリクトに伴い出てくる「様々な意見」を整理してまとめ上げることからスタートしました。現場にはこういう考えがある、問題がある、こうすべきだという意見がある…。一方で経営はこう考えている、こういうリクエストがある…。それらを1枚の絵に書き起こすことでお互いが具体的に何を思っているかを言葉として理解できるようにしました。たとえば以下の図のイメージです。

また、この絵を描く際に気をつけることとして単純に意見を整理するだけでなく、整理事項から共通の目標を導き出すことが重要です。そうでないと「なんとなく分かったけどそれで?」となってしまいますよね。何を達成すればよいのか?何を問題として認識すればよいのか?向かうべき先の共通認識をとり、その認識をベースにすべてを考えてもらうように働きかけていくのです。まずはこういった形でコンセンサスをとっていくことが、以降のプロセスにおいて大切だと思っています。

さて、コンセンサスが取れてきた次にすることとして、JD(ジョブディスクリプション)の作成が挙げられます。目的は権限委譲型組織への移行なので、あらためて新体制におけるリーダーや現場スタッフが何をすべきか?何のために存在するか?を言語化したのです。これは、例えば以下の図として描くことができます。

JDを明確にして各担当に承認を得ることで、権限委譲化を更にドライブさせることができます。トップとしても誰が何をやっているかが理解できるため安心できますし、現場サイドとしてもJDベースで動くことができるので、自分のやるべきことや担当領域がよりハッキリします。よって、お互いがお互いの職務と方向性を理解でき、これまでのような消耗するだけのコンフリクトは減少します。

以上のような取り組みを通じて、次なる企業成長のステップに足を踏み入れるきっかけを徐々に作ることが出来ました。お互いがお互いのことをわかっている…、ある意味で当たり前なことかもしれませんが、組織状況によっては難しいことだと思います。このような場合は、単純にコミュニケーションの回数を増やすだけではなく、とにかく言語化・見える化を推進することが有効に働くかと思います。

CASE2 事業投資の最適化のために先ずすべきことは?

考える方向性を共有すると「良い意見」が出てくる

ここまでは組織を変えることによってパフォーマンス改善のベースを作っていった事例をお話ししました。次に、別の観点で改善を行った話しをします。これまでが「ヒト」の話であれば、今度は「モノ・カネ」の話です。

観点は違えども、やったことは基本的に「見える化」でした。端的にいうと今度はポートフォリオの「見える化」を行ったのです。まずは以下のチャートをご覧ください。


このチャートにおける軸でいうと、例えばA事業は売上高が大きく、かつ成長率も高いため優秀なビジネスとして評価できます。一方でC事業については継続的に成長していっているものの利益率は横ばいなので、成長度を保ちながらも利益を高めるにはどうしたらいいか?などと考えることができます。

このように各事業の成長トレンドを見える化することによって、状況に沿った事業運営の議論が可能となりました。これは次年度の戦略や投資の方向性をすり合わせる際にとても役に立ちました。

なお、すり合わせにおいては投資の考え方の再考を迫ることもありました。例えばA事業の投資判断をとっている課長とディスカッションをしていたときの話ですが、従来の方法論や純粋に”やりたいこと”ベースでの考えではなく、このポートフォリオの整理軸に基づいて考えてほしい…といった具合です。

これやあれをやりたいという想いはもちろん悪いことではありません。しかし、そのやりたいことと会社として向かうべき方向性をすり合わせることが大切ですよね。口で言うのではなくこのような1枚のチャートを使うことで、次第に自分たちがやりたいことと会社としてやるべきことの重複点を上手く見つけてくれるようになり、これまで以上に方向性を合わすことができました。

自社の現状をあらゆる観点で「見える化」していった

他にも、こんな見える化をしたこともあります。当時のキユーピータイランドは内向き志向の傾向が見られたので、外のことを皆で調べてきてウチの強みや弱みを明確にし、強いところをどう伸ばすか?弱いところをどうカバーするか?など議論したことがあります。先にお話しした投資判断や事業運営にあたっても、この強みと弱みの共通認識はもちろん重要です。ここの認識がずれていると、一貫性のある意思決定やアクションが出来なくなってしまいます。

また、現場の業務改善においても見える化を行いました。私は生産にどっぷり漬かっている人間だったので考えることができたのかもしれませんが、生産作業を単純にMECEで切り分けて「付加価値を創造するもの」「付加価値がないもの」などと分類する中で、自分たちの生産性の現状を示したことがあります。そうすると、だいたい3割-4割くらいしか付加価値を生み出してないことが分かりました。

付加価値を生み出すこととは何かと考えると、例えば車だったら、車の部品を溶接する瞬間がそれに当たると考えています。鉄と鉄がくっつく瞬間ですね。そんな風に作業の各要素を生産性の観点で整理していくと、全体像が徐々に判明してきます。そしてその上で、付加価値作業の割合を大きくするためにどう工程を変えるか?投資をするか?という前向きな議論も生まれるわけです。

さて、ここまで幾つかの観点から「見える化」のチップスに関する事例をお話ししました。いくら毎日一緒に顔をあわせて働いていたとしても、意外に共通認識は持てていなく、個人レベルで考えていることがずれてしまっているケースは珍しくないと思います。一方で共通認識をしっかり持つことはそれなりに労力と時間を要することでもあります。だからこそファクトに基づいて「見える化」する作業はとても重要です。

また、多様性の中で皆の思考の基準があれば、いつでもそこに立ち返ることができます。そもそも僕達ってどうしたかったんだっけ?どこに向かうべきなんだっけ?といった具合です。見えないものはマネージできないという言葉を聞いたことがありますが、まず自分なりの考えを絵に起こしてみて、関係者との議論を経て徐々に精緻化していくのが良いかと思います。

Interview1:学びを振り返って

BBTは変わった学校だと思う

一言でBBTという場を表現すると「何か新しいことにチャレンジしたい」「現状突破をしたい」と願う熱くて前向きな人たちが集まってくるところだと考えています。とは言っても自分の成長のことだけを考えている受講生は少なく、皆で頑張ろうよ!という利他的なスタンスの受講生が多いなと感じていますね。それはオンラインディスカッションや意見交換を通じて何となく分かってきます。

それと、MBAのディグリーだけが欲しくて入学している人はいないと思います。私の同期では「もう結構学んだしコネクションもできたし卒業しなくてもよいかな…」というやつがいるほどです(笑)。求めるものが学位ではなく、学びを通じた「体験」なんですよね。もちろん頑張った結果として学位をいただけるのはとても嬉しいですよ!これはどういう観点でMBAを捉えている人物が多いかという話です。そういった意味でBBTは変わった学校だなと思います。自分としてはとてもフィットしていましたね。

MBAの議論はディベートではなくディスカッションであるべき

当時の私は、実はディスカッションに苦手意識がありました。ディスカッションって何かを生み出す行為だと思うんですけど、どこかで勝ち負けを意識してしまっていたんですよね。自分の意見のみに集中していかにしてそれを「正解」たらしめるかという発想に囚われていたことがありました。そのためにこういう材料を準備して…、こう聞かれたらこのカードを切って…、というようなイメージです。

たぶん、ディスカッションというよりディベート(交渉)として捉えていたんだと思います。それと何となく、否定されたくないという心理もそこにはあったと思います。

それが徐々に、クラスメイトからもらえる色々な意見に「思考の広がり」を感じるようになっていきました。「あ、建設的な議論ってこういうことか」と。クラスは多様性にあふれていますので、一つずつの発言の背景や観点はとてもユニークです。それを理解できるようになっただけでなく、自分の「思考」に取り入れることが出来るようになっていったことで、世界が一気に広がりました。私の場合、ここまでくるのに1年ほどかかったと覚えています。

これはクラスメイトのお陰というのももちろんあるのですが、特にTA(ティーチング・アシスタント)の多田隈さんの存在が大きかったと思っています。議論のフィードバックにおいて「中さんは思い込みが強いよ」とずっと言われ続けていて、視点を高く上げたり要素分解をしたりすることなど、アドバイスをたくさんいただいてきました。

最初はやんわりしか言われなかったんですけど、あるときはっきり言葉として書かれたときに「ヤバイ…」と感じましたね。真剣に思考の癖を見直すきっかけになった出来事です。オンラインディスカッションはテキストベースで行われますので、すべての発言はログに残ります。よって強く指摘されたことはやっぱり印象にも強く残るんです。

こういった原体験もあって、キユーピータイランドで皆の意見をまとめたり、経営と現場をつないだりすることにオーナーシップを取れたのかもしれません。

「飢える少女」を助ける仕組みを作りたい

私はいつか食品事業における仕事として、アフリカ大陸に行きたいという夢があります。

高校1年生くらいのときにナショナル・ジオグラフィックを通じて、スーダンの飢餓を訴える「ハゲワシと少女」と呼ばれる写真を知りました。「飢えで骨と皮だけになりハエがたかっている少女が死ぬのをハゲワシが待っている」という構図です。

撮影者はケビン・カーターというジャーナリストで、その写真によってピューリッツァー賞を受賞しています。しかし、受賞により富と名声は手にしたものの「なぜ彼女にパンをあげなかったか?」という議論がまきおこり、世間から糾弾を受け続けた結果、カーター氏は自殺してしまうのです。

その写真とストーリーを知ったことは、私にとって衝撃的な体験となりました。自分にも何かできることはないのか?そんなことを悶々と考え続け、いつしか捻り出した答えが食品事業に携わるということでした。飢える現地の人たちが食べたいものを作り、それにより利益もしっかり出して持続可能な事業を自分で作りたいと今でも考えています。その意味で、今キユーピーで働いていることは意義があることなのです。

少女をなぜ助けなかったか?というカーター氏の論点に戻ると、仮にその場でパンをあげたとしても、その子は一日しか生きられなかったかもしれない。そういうその場限りの解決ではなく、仕組みとしてまわしていく本質的なアクションをとりたいという夢があるのです。

ちなみにアフリカ大陸というのは仮定としての話です。よってアフリカではなく他の地域でも良いのです。食べものに困っている誰かのために解決策となるアクションをとっていきたいと考えています。そして、それは慈善事業ではなく、あくまでビジネスとして行うことが重要です。よく大前学長は「ビジネスだけが世の中を変えることができる」と言っていました。ビジネスとしてしっかり利益をあげているからこそ次に投資することができ、よってより良い未来をつくれるという循環を作り出すことができます。

今はまだ具体的な計画は立てられていませんが、夢を夢で終わらせるつもりはありません。私の人生の「軸」として、しっかり温めていきたいです。

Interview2:周囲の評価
――学びを実務に活かしているMBAホルダーを見て


加藤英巳さん(タイ時代の上司) / キユーピー株式会社 生産本部 グループ生産プロジェクト 部長

BBT大学院での学びを通じて、リーダーとしての期待値が高まった

中さんが日本からぽんとタイに来たとき、本人にとって工場のラインに立つだけでなく、それ以外の実に様々な泥臭い仕事や新しいこともやらざるを得ない環境になったので、強いカルチャーショックを受けたのではないかと振り返ります。

カット野菜を販売しはじめたときの話なんて懐かしいですね。野菜を入荷すれば虫がたくさんついていてむちゃくちゃになっていたり、従業員同士で色んなもめごとがあったり…。そんな状況下に弱音を吐くこともあったのですが、それでも何とか自分をアジャストさせていき、変化に対してすごく柔軟でしたね。

それと、プライベートではバレーボールでアキレス腱をきったことも思い出されます。単身赴任なもんですから、入院先まで下着をもっていきましたよ(笑)。それだけ当時は毎日一緒に過ごしていました。

そんな中さんですが、BBT大学院での学びを通じて、リーダーとしての期待値が高まったと思っています。もともと使命感が強い資質なので、刺激的な学習体験によって更にドライブがかかったのではないでしょうか。これからどう波にのっていくのか、そして波を起こすのか、私自身とても楽しみにしています。

石倉教雄さん / キユーピー株式会社 生産本部 油脂部 課長

職務領域に留まらず、もっともっと会社の中枢を目指してほしい

中さんとは上司と部下という関係で一緒に仕事をしていますが、仕事ぶりを見ていて、とても期待が持てる人物だと思っています。まず、海外環境下で4年間仕事を全うしてきたこと、そして海外にいながらもMBAを通じて更に自分の可能性を発展させるために努力してきたことが、中さんならではのとてもユニークなストーリーです。そしてその経験は実績として高く評価されていますし、それらの事実から中さんの人柄や行動特性もはっきりと見えてきます。

いまの部署ではキユーピータイランドでの業務とは異なり、マヨネーズの素材となる植物油の購買担当として、それこそ1円を争うシビアかつ大きな意義を持つ仕事に取り組んでもらっています。大変なことではありますが、本人はオーナーシップが強く、会社にとって非常に重要な役割を担っているという自覚をしっかり持っています。これはとても頼もしいことです。

ただ中さんには、この購買という職務領域に留まるだけではなく、直属の上司の期待値として、もっともっと会社の中枢を目指してほしいと考えています。そしてリーダーとして更に大きく活躍してほしいと考えています。